『商道 風姿花伝』第37話

【作者の思ひ分くべき事あり】

世阿弥は謡が主であり所作は従であり、謡から動作が生まれるのが順当であると書いています。

また、能を書く場合には謡から所作を生まれさせるために、演技を基本にして書かねばならないと書いています。

このように工夫して年功を積めば謡から美しい所作が生まれ、舞はまた謡と一体化するという具合になって、あらゆるおもしろさを一つに融合した上手となろう、というのです。

実に意味の深い言葉です。

わたし流に置き換えるとこうなります。

商品を造り出すときにはまず、コンセプトを考える。

どんな美意識と問題意識を持った商品なのか、この商品を持つ事でお客様にどんな便益を提供できるのか。

これが、私の語る『謡』=ストーリーです。

ストーリーとはその商品の存在意義です。

なぜ、この商品を造り出そうと想ったのか、なぜこの商品を勧めるのか。

これが無ければ、自信をもってお客様に提案できません。

作り手が発案する品物と、私のような商人がつくり出す商品とはそこが違うのです。

謡=ストーリーは、その商品の命です。

それが、形になったのが、染織品です。

形にしてくれる染織家を捜すのです。

やってくれそうな人が見つかったら、作って見てもらう。

そして、試作が出来てきたら、その作品を前にして、自分一人で舞ってみる=演じてみるのです。

説明する、想定問答をこしらえる。

そうすれば、コンセプト=謡の調子に抑揚を加えることが出来ます。

命がさらに強く吹き込まれて、演技全体に力強さが出てきます。

自信が持てなかったら、もてるまで何度も作り直してもらう。

私の持つコンセプト(謡)と染織家がつくる作品(舞)が一体となったときに、本当に素晴らしい商品となるのです。

商品と言えば、売る為の手抜きの物とバカにする芸術家・工芸家(もどき)がいますが、物の本質を解っていません。

伝えたい物があって、その伝達に最も適しているプレイヤーを選んでできるもの、これが商品です。

自分の力量を超えた作品でも、それが可能なプレイヤーであれば、演じてもらい受容者に最高の感動を与えられるのです。

だから、私はプロデューサーなんですね。

古い話で恐縮ですが、もしかしたら前に書いた話かもしれませんが、川内康範という作詞家がいました。

第二回レコード大賞を取った『誰よりも君を愛す』という歌を作ったときに、レコード会社は当時人気のあったマヒナスターズに謡わせます、と川内に半ば決定したように伝えたといいます。

そこで川内は『ちょっとまて。マヒナだけでは、この歌のつらく切ない感情は表現できない。誰か他の歌手に歌わせろ』と止めたんだそうです。

そこで見出されたのがナイトクラブで歌っていた松尾和子だったのです。

松尾和子はフランク永井によって見出され、彼をして『歌手のオレでもグッとくる』といわしめた『すすり泣く様な歌声』の持ち主でした。

かくて、松尾和子+マヒナスターズで売り出されたこの曲は大ヒットし、第二回のレコード大賞を受賞することになったのです。

川内の心には、この『誰よりも君を愛す』に乗せて伝えたい強いメッセージがあった。

でも、それは彼が書いた詞だけではないのです。作曲家も彼が選び、歌い手も彼が選ぶことで、最大の効果を狙ったわけです。

森進一が『おふくろさん』の始めに勝手な詞を着けたことで大騒ぎになりましたが、これは川内の伝えたい事とは違ったからです。

川内は『おふくろさん』で『母の無私の慈愛』を表現したかったのだといいます。

川内本人が歌うわけでもない、彼が作曲するわけでもない。

並べてみれば、川内らしい言葉遣いの詞ばかりです。

でも、彼の一番のすごさは、伝えたいメッセージ=コンセプトの表現に妥協が無かったところだと想います。

染織においても全く同じですね。

何を伝えたいか、何を与えたいか、何で貢献したいか。

その核となるコンセプトを明確にし、表現することにおいて妥協しない。

これが良い作品を造る上で一番大事なことだと想います。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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