『商道 風姿花伝』第43話

【一、能に十体を得べき事。】

世阿弥は『すべての演目に通じていれば、それぞれが同じ役者の芸とはわからないくらいに演じる事が出来、生涯花が失せることはない』

と書いています。

そんなん、むずかしすぎるなぁ・・・と想いながら読み進めると、

『しかし、そんな人は見たことも聞いた事もない』

と書いてありました。

そこで、父親の観阿弥の事について書いています。

観阿弥は若い頃には老人の芸、年老いてからは若者の芸を得意としたそうです。

世阿弥は、それをして『その意外性こそが花を生む』

そして、

『若い頃の未熟な芸を忘れてはいけない』

と書いています。

つまり、若い頃にやった未熟な芸であっても、それを忘れずにやり続けることが芸の多様性を生むと言う事なのでしょう。

私がこの業界に入った頃は、呉服市場は娘さん用の嫁入り支度で賑わっていました。

母親が娘のために少しずつキモノをこしらえていく、そして結婚が決まったら、仕上げにさらに娘用と自分のをつくる。

これが娘を持つ母親の楽しみでありましたし、私達呉服商にとって最大の商機だったんです。

振袖、喪服、色無地、小紋、付下げ、訪問着、紬類、帯・・・等々、そこそこの裕福な家庭であれば娘さんの為にキモノをこしらえたのです。

それがパタッと止まったのは、神戸の震災くらいからでしょうか。

それまでは、嫁入り前の年頃の娘さんのいらっしゃるご家庭を手当たり次第に訪問していけば、必ずといっていいほど、どこかで売れたんです。

結婚が決まったとなれば、それこそ、一揃え、二揃え。

娘さんご本人に見せなくても、お母様が見立てて買っておかれたんです。

あくまで『お支度を調える』という親の役目の遂行だったんですね。

その時代は、大した商品知識も必要なかったし、オーソドックスなはやりすたれの無いものをお勧めしていれば、問題なかった。

20歳台の私でもバンバン売れたんです。

でも、バブルが弾けて、大地震が来て、様相は一変しました。

娘用が売れなくなったんです。

仕込んだ商品も、ピンクやオレンジ等という色はことごとく売れ残りました。

嫁入り需要というのが市場から完全に抜け落ちたんですね。

嫁入り需要=タンス需要で、実需とは離れたところにあった。

これは、キモノだけではなくて、他の嫁入り支度も極端に落ちたはずです。

貴金属類や洋服、家具なんかも大きく落ち込んでいるんだと推測します。

『着ない物は買わない』

そうなったんです。

どうあがいても、嫁入り需要は復活しそうにない。

ジミ婚になり、マンション暮らしになり、ライフスタイルそのものが変化してきました。

世代が変わって、私達の親の世代と違い、親御さんの兄弟の数も少なくなった。

ということは甥姪も減って、結婚式自体も少なくなる。そうすると、黒留袖を始めとする婚礼用衣裳も買うから借りるとなる。

貸衣装が恥ずかしいという意識も薄れてきたんですね。

先代が一線から退いて、私が副社長になったのを契機に、一時はフォーマル中心になっていた商品構成から、再度、沖縄染織を中心とするカジュアル路線に舵を切ったんです。

沖縄染織を中心とするカジュアルと、茶道・舞踊などお稽古事をされている、実際にお召しになる方の為のキモノを中心に展開するようにしました。

呉服商としては珍しい、留袖や振袖を扱わない業者になったんです。

180度とは言わないですが120度くらいの転換をしたんですね。

創業当時の沖縄染織から少し距離を置いていた時期、別のある作家の作品を主力にしていました。

私が若い頃に習った商品知識、ロールプレイングは、その作家の商品を売るための物でした。

そこで習得したのは、TPOと納得して買って頂くための理論です。

その後、留袖や訪問着などの一般呉服も扱いましたが、その時に学んだ事が土台になっていますし、同種の商品が来れば、誰にも負けないくらいの説明ができると想います。

ひとつの商品を売ろうと想えば、それを知っているだけでは不十分なんですね。

何故かと言えば、お客様は他のキモノも比較の対象にしながら、その商品を見ておられるからです。

ですから、今目の前にある物が他の物に対してどう比較優位性があるのかを納得してもらわなければ最終的な決定には至らないのです。

それを語るには、日頃お客様方が他のキモノに対してどういう不満を持っていらっしゃるか、どういう所を選択のポイントとされているのかを正確に把握していなければなりません。

また、それが改善された商品を造ることも肝心なのです。

いくら作り手だからと言っても、自分の作品だけに精通していても、市場という『選択の現場』に入ってしまえば無力です。

『キレイでしょう!』『手が混んでいるんですよ』

熱意で買ってくださるのは初めだけです。

あらら・・・話がずれてしまいました(^_^;)

ですから、(^_^;)、『専門』と言っても、ある程度すべての商品内容と販売方法について知っておかなければ、自分の得意とする物も長くは売れないのです。

得に顕著に見られるのは、年配になると特定の商品しか売れなくなる傾向です。

これは、何故そうなるかと言えば、若い頃の商談の進め方が『慣れ』に頼っていたからです。

つまり『売りこなす』事ができないまま、タダ単なるルーティンワークとして販売行動をしているとこうなります。

もちろん、そういう人は商品を造り出すことなど出来ません。

考えられた販売があって、よい商品が生まれる。良い商品を売りこなすために考え抜かれた販売が生まれる。

そういう事なんです。

売れる商品は時代によって、人心によって変わりますが、どんな時でも、真剣に商品とお客様の利便性を考えていけば、すべてが実になって、長く商売がつづけられるのではないかと想います。

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投稿者: mozuya

萬代商事株式会社 代表取締役 もずや民藝館館長 文化経営研究所主宰 芭蕉庵主宰  茶人