ロット完了

生産には『ロット』というものが存在します。

私が鐘紡で毛織物の輸出を担当していたとき、『ロット完了』にほとほと悩まされました。

というのは、輸出品には約定というのがあって、この柄のこの色のを何ヤード船積みするという約束が結ばれます。

主に神戸港と名古屋港だったと想いますが、約定通りの数量を納期通りに船積みしないと、約定自体が破棄されることもあります。

10,000ヤードの約定に対して9,999ヤードでもダメなんです。

ところが、毛織物は長い加工工程の中で失敗もあったりして、ショートする場合があります。

厳しい輸出検査を通らなければならないので、全反検査を通ってそれから合計して足らない!となると、また追加で造らねばなりません。

それもそんなに納期に余裕が無い場合が多いので、青ざめるわけです。

糸を揃え、原糸加工、織布、加工を通ってようやく反物は完成です。

私が追っかけていたのは1反100ヤードの反物だったのですが、1反だけがどこかに行ってしまうこともあるんです。

それを探して何日も工場を探し回ることになります。

ですから輸出は『ロット完了』が絶対で、ロットが完了できないと0なんです。

all or nothingの世界ですね。

それが染みついているのか、今でも、『生産のロット』というものに神経を使いますし、約定の達成は絶対だと言うのが頭から離れません。

当然ですが、キモノの世界でも同じ事があって、あたらしく物づくりをするとき、生産を依頼するときにはロットがあります。

あるものを買うのは良いのですが、無いものを造ってもらうときは、『何反つくらなあかんの?』と必ず確かめておかねばなりません。

図案や型代をこちらが負担する場合は、良いのですが、そうでないときは、最低注文数量が必ずあります。

オリジナルの物づくり、世の中にひとつしかない物づくり、というのはそういう意味でコストとリスクがかかるわけです。

最低ロットが10反だとすれば、10反を買い取って、必死に売らなければなりません。

10反売り切ってやっと一息つく、という感じですね。

手作りだから1反ずつだろう、と想えば、それはそんなことはなくて、メーカーが最低採算があうラインで、ロットは設定されますから、価格が安ければ安いほど、最低生産ロットは大きくなる事が多いのです。

沖縄でも安価な絣のキモノだと、数反は造らないと、元が取れない感じです。

染め物でも、図案やら型モノなら型代がかかりますから、それを回収する為に、ロットは設定されます。

『10万円のを10反取ってくれ』

といわれて、

『そんなにようけ、よう売らんわ』

というのなら、

20万で5反でも良いハズです。

でも、それを受ける業者いないでしょう。

『これは一品ものでんねん。値打ちおまっせ』

というのが、そんなにたくさん、あちこちに、ましてや低価格で有るわけがないのです。

そもそも、織物には整経長がありますから、一反ごとに機から下ろしていたら効率がわるくてどうしようもないのです。

何反をいっぺんに織るか、で経糸を発注しているはずですし、

『一反だけ織ってくれ』とか言ったら、バカか素人と想われます。

しかし、ロットを小さくする方法がないではありません。

ある事を永く続ければ、1反から織ってくれる場合もあります。

それは、『作品』として認めてあげて、それ相応の対価に応じてあげることだろうと私は思っています。

国展や工芸展に作品を出すのに、同じモノを二反造って一つ出す、という人は多くないと想います。

作家は同じモノは二度と造らない、そういうものだろうと想うのです。

こちらが商売モノとして扱えば、作り手も商売モノとして制作にあたる。

当然の事です。

良い作品を造って、リピートするという事もありますが、リピートはリピート。

始めて手がけたモノとは違います。

私が知る限り、首里織の人達は同じモノを造る事を極端に嫌がります。

ムリに造ってもらうと、ろくなモノが上がってこないというのも本当です。

あたらしく造れば、あたらしいものが作家にも見えてくる。

それが楽しいのだろうと想います。

そこが人間がやる仕事と機械がやる仕事の違いなんでしょうね。

無論、どちらがいいという事はありません。

両方とも長所短所があります。

しかし、人間を相手にするのならば、人間として接しなければならないというのが最低限のマナーであり、お互いを利益の為になる事です。

『法律の内側ならなんでもOK』と言う風潮の世の中になりつつありますが、せめて私達のような手作りの世界はのんびり、楽しく仕事したいですね。

『沖縄染織の魅力と売り方』2015/11/25

11月恒例の下関巡業を終えて、先週の金曜日の深夜に帰阪しました。

暖かくて、気持ち悪いくらいでした。

今日の大阪は寒くて、すでに厚着をしています。

事後の事務処理も一段落して、久しぶりにブログを。

うちは、創業以来沖縄と深く関わってきて、来年の8月でまる50年になります。

私ももう26年沖縄物を売っていると言う事になりました。

復帰直後、祖国復帰10周年、20周年、30周年と、沖縄ブームというのがあって、30周年あたりのブームが大きすぎたせいか、40周年は全体として不発という感じで終わってしまいました。

いまや、沖縄の染織といっても、珍しいものではなくて、総合展なら定番という感じになっているのかも知れません。

では、なんで沖縄の着物を売っているのでしょうか。

大島や結城に比べたら、1972年までは米国の統治下にあったので、スタートが遅れ、いわば『最後の珍品』であったからでしょうか。

でも、もうすでに、沖縄の着物といっても、珍しいわねぇと言ってくださる着物ファンは少ないでしょう。

花織やロートン織、花倉織と言った技法が面白いからでしょうか。

しかし、そんなのは機械織で安いのはいくらでも出来る時代になっています。

沖縄の染織が珍しいから売場に並ぶのであれば、沖縄で沖縄の技法を用いて造ってさえあればいいと言うことになります。

私の実感として、沖縄の染織を見て、珍しい!という反応をされる方はほとんどいないのです。

いわば、七色の変化球を投げ分ける新人投手に面食らって、三振の山を築いてしまったけども、次のシーズンは打者も慣れ、研究もされて、その投手の本当の実力が試される、そんな状況なのだと想います。

珍しいと言われていた時代は、『そうね、沖縄のも一つもっておいても良いわね』的な買い方をしてくださった方も多かったんだろうと想います。

新しいだけでなく、特徴がありますから、それだけで十分な魅力だったんです。

しかし、市場に沢山出てくると、その特徴も見慣れたものになってしまいます。

次は特徴から、『魅力』の有無に焦点が移ります。

購買動機が、変わるということです。

カップヌードルが出たのはもう40年以上前だと想いますが、当時はオシャレな食べ物として、フォークで食べたりしていたんです。

価格も高かったんですが、それでもたくさん売れたんだろうと想います。

しかし、類似の商品がたくさん出てくるようになり、カップ麵という言葉が浸透してくるようになると、次は味の勝負ということになります。

カップラーメンだけをみても、すごいバリエーションがありますよね。

カップ麵は身体に良くないという話もありますが、これだけ大きな市場になったのは、それ相応の魅力があるからでしょう。

まず、そこそこ美味しい、手軽、安い、器が要らない・・・などなど。

では、他の着物ではなくて、沖縄の染織品を買う決め手って一体何でしょうか。

芭蕉布、宮古上布、八重山上布、久米島紬、読谷山花織、南風原の絣、首里の織物、琉球びんがた、与那国織、などなど、たくさんの種類があります。

例えば、ちょっとお出かけするのに着る、気軽な紬が欲しい、そんな需要があったとします。

紬は日本全国にいろんなのがあります。

その中で、例えば、久米島紬を選んで買ってもらうにはどうしたらいいでしょうか。

これは売り手に問いかけているのではありません。

作り手に向けてお話しているんです。

結城、大島、牛首、そして久米島紬がお客様の前に並べられたとします。

久米島はどうやったら、お客様の心をとらえることが出来るでしょうか。

イメージするには、結城、大島、牛首がどんな品物かを知っている必要がありますね。

夏物でもそうです。

越後上布、能登上布、そして、八重山上布が並んだ。

八重山を選んでもらうには何が必要でしょうか。

どういうものづくりをすべきでしょうか。

それらがどれにも特に際立った特徴がないとすれば、どれも選ばれないという事もあり得ます。

特徴の中で、相手に良い影響を与えるものを魅力と言って良いのだろうと想います。

本当に魅力があれば、同じアイテムのものを二点、三点と求められるはずです。

珍しい、持っていない、が購買動機であれば、一点こっきりで止まる可能性が高い。

同じ作家さんの作品を複数点お買い上げになるということは、その作家さんの魅力、すなわち、その世界に魅了されていらっしゃると言ってもいいかも知れません。

要はそこまで考え、工夫を凝らして、制作に当たっているかという事です。

作り手はお客様の作品に対する反応を見ることが無いというのも、ちょっとかわいそうな感じがしないでもありません。

作品を広げた途端、まだ宙を舞っている布を手にとって、手から離すことなく、じっと凝視していらっしゃる・・・

しばしの沈黙・・・

この時が、私達商人の至福の時であります。

そういう時間が来そうな予感がする、私はそんな作品を日々追い求めているのです。

話を元に戻しましょう。

沖縄染織の魅力を考える時、何が良いのかをハッキリと言葉にできなくてはいけません。

大きな展示会場に他の種類の着物と並べられたときに、際だった異空間を造れなければなりません。

沖縄染織の魅力とは何か?

異空間を構成しうる、色の深みとコクなんだと私は認識しています。

そして、その深みとコクのある色が多数存在し、表現しうる。

これが沖縄でしかできないことです。

なぜかは知りませんが、おそらく、その気候と風土、そして伝統でしょう。

私は沖縄染織だけを売っているのではありません。

しかし、その魅力を核にして、同心円の中にあるモノを集め、造っているんです。

えばみりをん、もずや更紗などなど、他産地の染織品でありながら、沖縄の染織と一緒に並べても、とくに浮き上がってしまうことがない。

これはなぜかというと、私がプロデュースしているからです。

そして、その周辺部の作品があるからこそ、沖縄物の魅力がまた引き立つのです。

相乗効果、シナジー効果というやつです。

てっちりにひれ酒、スモークチーズにピート臭のバッチリ効いたウィスキー。

それぞれの魅力がかぐわしく匂い立ってひとつになり、魅力が何十倍にもなる。

沖縄染織を扱っている問屋は他にもあります。

沖縄だけしかやっていない問屋もあります。

でも、それは沖縄を産地として区切り、銘柄として分断してしまって、その美の核がどこにあるかでまとめていません。

京友禅には京友禅の、加賀友禅には加賀友禅の、大島紬には大島紬の魅力があって、美の世界は産地で区切られるものではないのです。

時計でも、ロレックス、オメガ、タグ・ホイヤー、パテック・フィリップ、バセロン・コンスタンチン、オーデマ・ピゲなどなどありますが、銘柄=ブランドをだけをぞろぞろ並び立てるだけでは、その時計はブランドで買われるだけになるのは当然です。

手作りの機械時計という事、そして、一種の工芸的価値のある時計という事でまとめなおすと、そのコレクションの見方はグッと変わると想います。

ブランド、ブランドと、コンサルは口やかましく言いますが、ブランドはいつかは廃るんです。

でも、沖縄の染織が永続を宿命づけられた伝統工芸であるとすれば、プロダクト・ライフ・サイクルに乗せてはいけないのです。

マーケティング・マイオピアという言葉があります。

初恋の味・カルピスといえば、私の同世代以上の人なら知らない人はいないでしょう。

カルピス・ウォーターで一時は盛り返しましたが、いま、一年に何度カルピスを飲むでしょうか。

出されれば飲むし、飲めば美味しいと想います。

でも、カルピスというブランドが連想させる味、イメージが、購買を阻害しているんです。

ブランド化して長続きしているモノなど、実はほんの一握りなんです。

逆にそれは、有名ブランド以外のものを市場から排除してしまう、消費者の眼を本来の品質から遠ざけてしまうという大きな副作用もあることを知らなければなりません。

着物業界でいえば、大島紬ですね。

昭和50年代までは一世を風靡した商品群、ブランドと言っても良いでしょう。

それが今はどうでしょう。

1980年から、ある業者が安売りをはじめ、一時は良く売れたでしょうが、今や産地は半端じゃない危機に瀕しています。

ブランド化というのは、一種のカンフル剤と想った方がいいと想います。

いま、自分だけが儲ければ良いと想う人には効果ありです。

いくらマーケティング戦略を駆使したとしても、喜如嘉は芭蕉布しか造れないし、宮古島、石垣島は上布しか造れない。

でも、それは高価で、現代の実用からは遠く離れている。

それをどう支え、永続させていくのか・・・それなんです。

これから10年で良い物は無くなるという話を良く聞きますが、沖縄の染織はなくすわけにはいかないんです。

身体をはってでも、残していかなくてはいけない。

繁栄しなくても良い。

どうやったって、良い物はたくさんは造れないんですから。

ですから、良い物を良い物と認識してもらう工夫、そんな当たり前の事がとても大事なんだと想うんです。

沖縄の染織に携わる人達を中心に、美意識を共有できる人だけが愛してくれるだけで十分です。

大事なのは、その美意識を明確に認識してもらうこと。

私はなぜ、こんなに沖縄の染織に惹かれるのか。

その理由を明確に認識してもらえさえすれば、きっと道はあると想います。

それは売り手とて同じ事。

輪島塗を売るには、他の産地の塗り物とどこが違うのか、どういいのかを明確に認識し、伝え、自らも作品を愛することが出来なければ、末長く商うことはできません。

それが出来なければ、どんどん流行を追って、商売を変化させていくだけ。

それは今時の商売かも知れませんが、時代に取り残されれば去るのみです。

しかし、伝統の世界は時代に取り残されてもなお、正道をたえまなく歩いて行かなくてはならない。

ある種の諦観と、ど真ん中を突破する信念も必要かと想います。

長々と書いてしまいましたが、世情が不安定ですし、消費税も今のままで行くと増税という事になりそうです。

作り手も、私達商人も、土性根をすえていかねばならない時に来ていると想います。

『ビッグネームの責任』2015/6/30

染織の世界にもビッグネームというのが存在します。

有名な伝統染織産地の品物もそうでしょうし、有名な作家。

たとえば、結城紬なんかはそうでしょうし、個人作家なら、重要無形文化財技能保持者や現代の名工などに指定されている人達です。

これらは名前だけが一人歩きする力を持っています。

Aという商品名のラベル、Bという作家が造った事を証明する証紙や反末文字。

伝統染織界のトップに君臨する商品たちです。

これらの作品は、高度な技術を用い、高品質であると誰しもが想っています。

Aという産地の物なら間違いなく最高品質の物だろう。

Bという作家が作った物なら、そのジャンルでは最高のものであるはずだ。

それと共に、価格も当然それに見合ったものになってきます。

Xという、そのジャンルでは最高だと想われている作家がいるとしましょう。

Xは押しも押されもせぬ、その染織品の大家です。

だれも、それを疑わないし、着物がすきなひとなら、誰でもその名前を知っている。

Xの作品はとても手間暇、工夫が必要なために、100万円で出しているとします。

でも、Xから出る価格が100万円となれば、買える人は限られます。

でも、Xの作品は誰もが欲しいと想っている。

問屋としては、もうちょっと価格を低くしてたくさん売りたいと想う。

また、100万円で仕入れるより80万円でしいれたほうが、利益があがる、あるいは価格を安く設定できる。

手間暇掛けて良い作品を造るには100万円はXとしては譲れない線です。

ではどうするか。

手間を省く。

材料を安い物に替える。

これを良いように言えばコストダウンと言います。

しかし、これには際限がない。

もっと安く、もっと安く。

Xの作品は50万円まで値切られてしまいましたが、発注量は倍になりました。

手間暇や材料を落としているのですから、Xの利益は変わらないかも知れません。

しかし問題なのは、Xがビッグネームであり、安ければ飛びつく威力のある名前だと言うことです。

そのジャンルのトップであるXの作品が50万円まで落ちているとどうなるか。

その下の、それまでは80万、60万、50万で仕事を請け負っていた人は当然しわ寄せを食うことになります。

『Xが50万やのに、なんでオマエが60万やねん』

必ずそうなります。

しかし、観る人が観ればXの作品は品質が落ちている。

そこで、Xの下に居る人は二手に分かれます。

私も安くしなきゃしょうがない、と想う人。

私はあくまでも良い作品を作り続けて、それにふさわしい対価を頂く、と考える人。

前者は注文が来るかも知れませんが、当然ながら困窮するでしょう。

後者は注文が激減するかも知れません。これも困窮します。

Xより上の価格設定が現実には出来ないのです。

つまり、Xはかつての、ON(王・長島)なんですね。

それとともに、粗悪なXの作品が大家の作品として、世の中に大量に出まわる事になります。

初めは良いでしょうが、だんだんとお客さんの方も、気づき出す。

『あー、Xさんの作品ね。私も持ってます』

・・・

そんなに良いと想わないし、誰も彼も持ってるから、もういいや・・・

そんな風になると想いませんか?

実は実は!

Xは自分の中では作品にランクをつけている。

そう言うことも多いのです。

でも、一般の消費者の方はもちろん、問屋もそれを知らない。

しかし、多く出廻るのは最低ランクの最低価格帯です。

Xがトップに立つ作品群そのものの評価が低くなり、Xの下に位置する作り手の作品は、さらにもっと下と見なされて、市場価値を失う。

そして、その染織品自体が、市場から駆逐される・・・

私にはそんな風に想像できます。

トップに立つXの作品を観て、新たな作り手が高い志をもって、挑もうとするでしょうか?

ですから、トップに位置する作り手は、品質、価格共に、それにふさわしい事とする使命があるのです。

王・長島がTVに出てバカなことしてたり、ラフプレーを連発してたら、プロ野球自体を野蛮なもの、幼稚なものと想うでしょう。

反面、王・長島が年俸を低く抑えていたから、その下の選手の年俸が上がらなかったという事も事実です。

その天井を打ち破ったのが落合でしたよね。

その弊害も多々あるとは想いますが、トップの人が天井を高く高く支えていることによって、下の人達の生存が確保されるということはあるだろうと想うのです。

そして、トップの人の素晴らしい業績を観て、また新たに同じ道に入ろうとする人も出てくるでしょう。

お金儲けを目指して染織の道に入ってきても上手くいかないのは、今や誰でも解る話でしょう。

ビッグネームの粗造・安売はと言っても過言ではないと私は思っています。

『カワウ問屋』2015/6/29

昨年の秋からはじめた新しい趣味、『釣り』ももうすぐ1年です。

フライフィッシング、テンカラ釣り、ヘラブナ釣り、海のテクトロと色々やってきましたが、まぁ下手の横好きと言ったレベルです。

投資金額と労力を考えればトホホという言葉しか出てきません。

渓流釣りは3月始めに解禁になって、8月末か9月末から翌年の2月くらいまでは禁漁期に入ります。

解禁してすぐは、河川を管理している漁協がアマゴなどを放流して、釣り客を呼びます。

ところがどっこい、解禁して一ヶ月も経たないうちにに魚はほとんど居なくなります。

エサで釣る人の多くが大量に魚を釣って持ち帰ってしまうのが大きな理由ですが、もうひとつ、これは放流魚以外でも大きな問題となっている事があります。

それは『カワウ』です。

カワウが魚をお腹いっぱい食べてしまうのです。

そしてそのカワウが異常増殖して、漁業だけでなく自然環境、サービス業に大きな悪影響をもたらしているのです。

環境省はカワウを狩猟対象に指定して、増殖を抑えようとしているんだそうですが、カワウは美味しくなく、また、銃を保持するのが大変で狩猟人口が減っていることから、まったく効果が出ていないという事の様です。

カワウは川のアマゴなどを食べるだけでなく、池のフナも食べてしまうそうで、あちこちのヘラブナの釣り堀が閉鎖に追い込まれているのもそのせいだと聞きました。

うちの近くの香芝市というところに分川池という大きな釣り池があるんですが、ここもカワウの被害で、魚が激減していると釣り人から聞きました。

これじゃ、せっかく釣り人を呼ぼうと魚を入れても、カワウにタダで食われてしまい、釣り人は釣れなきゃ来なくなるわけで、どうしようもありません。

川の上流に行くと、川に糸が張ってあるのを見かけますが、これはカワウ封じです。

その位深刻だと言うことですが、糸が張ってあっては釣りも出来ませんよね。

カワウも、その時に必要な分だけ食べればそんなに減る事も無いんだろうと思うのですが、腹一杯、えずく位食べるんだそうです。

一時、駐車場やら空き地にオタマジャクシやら小魚が大量に落ちてきたなんていう事がワイドショーで不思議なこととして報道されていましたが、これはカワウの口から出た物だと想われます。

その位、バカみたいに食べるんです。

川に釣りに行って、魚の姿が見えないと、食べられない位、大量の魚を持って帰る釣り師やカワウの事を想い、

それとともに、わが業界の事を重ね合わせるのです。

その時、その日に食べるだけを持って帰ったり、食べるのであれば、長く楽しめるし、新鮮な魚を食べることが出来ます。

カワウもはき出してしまっては栄養にならない。

魚が成長するまで待って食べれば良いんです。

それなのに、目の前に美味しそうな魚がいると、狂ったように魚籠やお腹に入れてしまう。

ちょっと売れていると聞くと、カワウの様に食いまくる。

でも、身につくのは少しだけです。

いままでそんなカワウ問屋にどれだけの商品が潰されたか、枚挙にいとまがありません。

大量に仕入れて売れ残ったら投げ売りする。

投げ売りしても価格が通らなくなったら、さらに粗悪なニセモノをつくって、結果的にその商品の市場を破壊してしまうのです。

カワウはアマゴやヘラブナだけを食べるのではありません。

オイカワやカワムツといったいわゆる雑魚まで食い尽くしてしまうのです。

大量に放流するから、余計にカワウは肥える。

肥えるから繁殖して大量に放流した魚のほとんどをカワウの餌にされてしまう。

でも、カワウは退治できない・・・

今となってはどうしようもない状態になっています。

ここ十年くらいで渓流釣りの人口は爆発的に増えたと言われています。

それと共に、釣り客をあてこんだ漁協があちこちの河川に魚を放流する。

それをカワウが食うからどんどん繁殖する。

繁殖して増えたカワウはまた放流魚を食う・・・

どうどう巡りです。

結局漁協は、大損することになるかも知れず、そうなると、放流が減少・中止になるかもしれません。

そうなると渓流釣りファンも減るでしょう。

漁協や渓流釣りファンの話は別として、では私達はどう行動すべきなのでしょうか。

問題は、仮需要に対してされる莫大な量の発注を拒否することです。

莫大な発注は必ず、投げ売りにつながり、その商品のライフサイクルを縮めます。

結局はカワウにタダでくれてやることになるのです。

ていねいに単品の利益確保をきっちりとやって、実需に合わせた商品作り、流通への供給をしていけば、投げ売りなど起きるはずがないのです。

そのうえ、大量受注は必ず、粗悪品を生みます。

粗悪品が違う名前ならまだ良いのですが、同じ名前で市場に出る。

そうすると、その名前を冠した商品すべてが、粗悪品、どこにでもあるショームナイもんになってしまうのです。

永年、作り手と真摯に向き合っている問屋は、決してばかげた発注をしないもんです。

川は広いようでも、魚が住める場所は限られています。

この業界のマーケットも年々狭くなってきています。

余計にカワウの餌食になる可能性が高いのです。

これは、一企業がどうなるという次元の話ではありません。

先人が永年積み上げてきた、伝統の印がついた工芸品がこの世から消えてしまう危機を意味するのです。

カワウの様に、お腹に入れた魚を途中で吐いてしまうような所とは付き合わないことです。

ちゃんとお腹の中で消化して、身になるような食べ方をしようとすれば、魚も育つまで待ってから食べようとか考えるはずです。

『額に汗して働く』2015/5/22

日曜日から福岡に来ていて、今は北九州市八幡西区の黒崎というところに宿泊しています。

以前、お得意先があって、年に2回、2週間ずつ滞在していました。

17年前まで毎年ですから、8年間くらいですね。

かつてよく行った食堂に今回も行ってみました。

昔から24時間営業で、汚い店でしたが、今はキレイになっています。

八幡というところには有名な製鉄所があり、黒崎には窯業関係などたくさんの工場があります。

ですから、当時は三交代の職工さんでしょうか、朝ご飯を食べに行くとビールを飲んでいたり、作業服(職服といいますが)を着た人でいっぱいでした。

ところが、今はその人たちの姿がありません。

その食堂で食事をしているのは、ごく普通の背広を着たサラリーマンや、学生さんなど。

昔は食堂のおばさんたちも、お客さんと言い合いをしていたりして、活気があったんですが、それもありません。

味はそのままですが、雰囲気はがらりと変わってしまっています。

(あいかわらず、ご飯はてんこもりだし)

いろいろ想いながら、夕食を食べていたんですが、全国的に同じような変化があります。

職服を着た人に会うことが減っているんです。

工場労働者に会うことも少なくなっている。

私も社会に出た当時の2年間は職服を着ていました。

工場労働者だったんです。

今日思い出したのは次の様な事です。

ある日、上司から休日の出勤を要請されました。

当時は好況だったので、手が足りないか何かだったのかもしれませんが、理由は覚えていません。

とは言っても、台持ち(機械を動かす人)が出来るわけではないので、縫い合わせやら、進行の手伝いだったんだと想います。

私は快く受けたんですが、断った先輩もいらっしゃいました。

午前中だけくらいの仕事だったんでしょう、お昼にはカツ丼が振る舞われました。

休日出勤した数名でたべた『たつみ寿司のカツ丼』

今までの人生で食べたどんな食事よりも、あのカツ丼は美味しかったと感じています。

一生忘れない思い出です。

美味しいカツ丼だったのは確かですが、それだけではありません。

みんなで汗を流して働いた後、みんなで食べる一杯のカツ丼。

これがおいしさを何倍増にもしているんだろうと想います。

産業は空洞化し、工場労働者は必然的に減っていきます。

私が居た工場も無くなりました。

金融立国だの、財テクだのと、身体を動かさないで働くことを勧める風潮があります。

カツ丼を思い出すと、人間の幸せってどこにあるんだろうかと考えてしまうんです。

私は今でも、猛暑の夏も極寒の冬も風呂敷に反物を詰めて売り歩いています。

それがいやだと想った事はありません。

状況が厳しい中では一層、夜のビールも、ご飯もまた格別に美味しいのです。

そしてぐっすりと寝て、また元気に次の日の仕事に向かう。

ずっとビルの中で事務なんて仕事、いまさら出来ないと想います。

私たちは、『額に汗して働く喜び』を奪われたのではないでしょうか?

同じ釜の飯を食べた仲間を失いつつあるのではないでしょうか?

『身体に汗をかかないで、頭に汗をかけ』

部下や後輩にそう教える営業がいるそうです。

愚かなことです。

私は父から『額に汗して働いて得た金は絶対に無駄にならない』と教えられてきました。

そして、額の汗こそ、何よりも大事で貴重なものだと想っています。

汗まみれ、泥まみれになって働く人を馬鹿にする人にはさせておけばいい。

人間の一番美しい姿はなにか?

それは額に汗して懸命に働く姿です。

そのことを忘れた国こそ、滅亡への道を行くような気がしています。