『商道 風姿花伝』第33話

【およそ、能の名望を得る事、品々多し】

上手な人は目の利かない観客から評価を受けるのは難しい。下手な人が目利きの評価を得る事も難しい。

下手が目利きの評価を得られないのは当たり前。

でも、本当に上手な役者なら、鑑識眼の無い観客にとっても面白い能を演ずる事は可能である。

そして、それが本当の『花』だ、と世阿弥は書いています。

この部分は、ちょっとトークと商品、両面から考えてみましょうか。

トークの場合、着物に詳しい、あるいは染織などの工芸に詳しいお客様に対応するにはこれは勉強するしかありません。

技法はもちろん、作者の意図、産地の歴史、用途、コーディネート、等々多角的に総合的に説明できなければ、決して満足していただけないでしょう。

でも、そんなお客様ばかりではありません。例えば沖縄の着物について全くご存じないお客様、あるいは、雑誌や本で誤った情報をお持ちのお客様、いろんな方がいらっしゃいます。

とくに、今は本当にたくさんの情報が飛び交っていますから、一通りの知識ならインターネットですぐに手に入ります。

業者もそんなことで勉強している人もおおいのだろうと思います。

どうしたら、様々なお客様にご満足いただけるトークができるか?

私は、産地に足を踏み入れずしては得られない、作家と深い付き合いをせずしては解らない、根っこの部分のお話がいちばん面白い、どなたにでも興味の持てる事なのではないかと思うのです。

私なら沖縄の歴史、風土、作家の性格、などをおもしろおかしく話をします。

時には笑いながら、時には怒りながら、独演会さながら、といった場面もあります。

前述の『切り取られた美』の、隠れている部分、切り取られてしまった部分の想像力を高めてもらうためのヒントを提供しているわけですね。

能で言えば『番組』です。

着物が好きな人で、自然が嫌いという人はいないと思います。

ナチュラリストとかいうのではなくて、自然の緑や花が好きな人は着物も好きなんだろうと思います。

美術館に入ったときに渡される音声ガイドか?というとそうじゃないんです。

いわば、美術館そのもの、なんですね。

絵の周りの環境や空気・・・これを話で演出するわけです。

私には私独特の芸風がありますから、あつかう品物もその芸風にあったもの、という事になるのかも知れません。

しかし、沖縄染織という十八番やはまり役があったとしても、他の演目もそれなりにこなすことはできるわけです。

そして、その話のおもしろさは風土=自然にあるわけですから、産地に行ったら必ずその地方の自然に十分に触れておく、そしてその地域の人となりも知っておくと非常に参考になるのです。

沖縄には沖縄の、京都には京都の、東京には東京の、工芸品を生んだ土壌、人間性というものがあるんです。

なるほど!と思うことも多いわけですね。

そこを自分の中で十分に整理して理解しておくと、作品の説明にも役立ちますし、物作りの助けにもなります。

次に商品です。

解る人には解るけど、解らない人には解らない・・・

そんな品物はたくさんありますね。

上等なものほど、その価値がわかりにくい。

特に織物はわかりにくい。

結城紬や宮古上布が何故、そんなに価値があるのか?着物に関心の無い人が見ても解らないと思います。

では、着物に詳しいといわれる人が本当に解っているのか、というとそれもどうか解りません。

反物を見て『宮古上布』と思うから、これは価値がある、すごい織物だ、価格もすごく高い、と連想するわけで、

何がどう優れているかというと、その制作工程が頭をよぎるからです。

でも、現実には着てみないと解らないのです。

でも、本当の本物はすごいのです。

見ただけで解ります。

でも、着物だけでなく、繊維製品というのは、かなり経験を積まないと見ただけで品質を判断することは難しい。

織りも染めそうです。

まぁ、焼き物だって同じですが。

では、誰が見ても良いものと解る染織品とはどういうものでしょうか。

私は、伝統を踏まえた上で、感性とか感度というものも大切にしていかなければならないものではないかと思うのです。

本質的な品質は本物のプロでないと見抜けません。

私のような20年選手でも、簡単にだまされることもあります。

でも、致命傷を受けない為にどうするかというと、そこに感性の採点欄を付け加えるのです。

染織の品質は染織を見る経験をつまないと解らなくても、感性は他のものでも得られます。

絵でもいいし、自然でも良い。もちろん、他の工芸品でもいいのです。

『着物は解らない』と思い込んでしまったり、『着物の選び方は普通と違う』と思い込まされてしまったりしないで、

自分の感性を信じて直観的に作品と向かい合ってみる。

鑑識眼のあるひとは必ず良い物をお選びになりますし、センスのいい人はやっぱりハイセンスな物を好まれるんです。

これは真実です。

着物をしっているかどうかは実は関係ないんです。

物作りもそうですね。

あまりに品質に拘泥しすぎて、感性への配慮が欠落している作品も多く見受けられます。

わかりやすさ、というのもとても大事なことなんです。

よく、この紬はなんたら亀甲というて、めっちゃ細かいんです、という説明を聞きますよね。

じゃ、なんでそのなんたら亀甲というのが値打ちあって、細かかったらええんですか?

それは、手間がかかるからです・・・・?

合っているようで違うんです。

手間がかかっているから高いというのはマルクス経済学の労働価値説ですかね。

そんな事は工芸や芸術の世界では本来関係ないんです。

どいういう理屈でそうなるのか解らないですが、ほんとうに精緻な技術を駆使して作った物は、目が釘付けになり、手を離せないくらいの魅力があるんです。

値段なんか見なくてもわかります。

もちろん、初めから解るわけではありません。

私も、仕入れをし始めた頃は何度も失敗していますし、今でも血迷うこともあります。

よくこの業界の『委託販売』制度が問題になりますが、なぜ買い取りしない委託販売が問題かというと、鑑識眼が育たないからです。

つまり、委託商品ばかりいくら売っていても、鑑識眼は持てない。消費者は鑑識眼の無い商人から物を買うことになるのです。

商人はすべて感覚に頼って、お客様に物を勧める事になります。

品質はどうやって見極めるか・・・ブランドとかラベル・証紙ということになるわけですね。

何がいいのか、全然わからないけど、これいいですよ、という感じになるんです。

最近、更紗とか江戸小紋とか沖縄物以外もやりはじめましたが、本当にしっかりしたものづくりの過程を経た物は、ほんとうに良いんです。

やってみて、深く確信しました。

感覚なんていうものはいい加減なもので、自分の経験の中でしか、判断できないんです。

では、高度な感性をもった品物を、売る商人、買う消費者が判断するにはどうしたらいいのでしょうか。

私の場合はこういうプロセスを踏んでいます。

江戸小物の場合の話をしてみましょうか。

まず、店頭に並んでいる江戸小紋をじっとみる。

江戸小紋といえば、伝統染織で、何百年も歴史がある。

なのに、こんな安い値段で売り場に転がされている。

何故?

もう一度、二度、三度、何度もじっと見てみる。

魅力が無いことが解ってきます。

でも、私たちもそうなんですが、本当の良い物は簡単に見る事ができません。

私たち商人の方が、見にくい。消費者の皆さんならデパートへ行って、第一人者の作品を見せてください、といえば見る事ができるでしょう。

でも、まずは、そのあたりにある物で良いのです。じっくり見てください。

私は、『これは、きちんと造っていない、江戸小紋の魅力に気づいていない人が指図しているから、こんなものしかできなんだ』と思ったわけです。

紅型もそうですね。紅型の魅力が解っていない人が指図すると魅力無いものしか出来ないのは当然です。

それで、江戸小紋について勉強してみるわけです。

そうすると『ちゃうやんか』と気づくわけです。

私が見ていたのは実は江戸小紋ではなかったんです。

もどき、というやつです。

伝統工芸というのは起承転結、因果応報がはっきりしていて、工程があるから、結果としての美がある。

しっかり手抜きをしないで造れば誰が見ても良い物はできるんです。

伝統の力というのはそういうものなんです。

だから、手間というのは大事なんです。

手間というのは簡単に言えば、球形の彫刻をつくってやすりを掛けようなものです。

やすりで丁寧に擦れば擦るほど、キレイになる。

たとえ多少いびつになっても、なにかしら魅力的な造形になるんです。

これは不思議なんです。だから手抜きの工芸によいものはないんです。

単純作業でも、丁寧に丁寧に手間を重ねれば、それ自体が魅力を醸し出すことになる。

手の魅力というのでしょうか。

だんだん、何を書いているのか解らなくなってきましたが(^^;)、

何が大事かというと、まずは、作品をジッと見るということです。

それまでに入っている情報をすべて頭からのけて、ジッとみる。

黙って集中してみる。

同じ事は商人にも言えて、お勧めするときにお客様のお顔やお姿はもちろん、作品を一瞬でいいから、ジッと見て勧める商人でないと信頼できません。

物を見る感性を養うこと、そして感性の高い作品を生み出すこと、双方に必要な事は、観察=ジッと見る、という事だと私は思っています。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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