『商道 風姿花伝』第27話

『問ふ。能に花を知る事、この条々を見るに、無上第一なり。肝要なり。または不審なり。これ、いかにとして心得べきや。』

『花』というものをどうやったら、会得できるのか?

世阿弥は、心の中で何度も検討し、稽古・工夫を重ね、数多く能を演ずることだ、と書いています。

後半の、稽古・工夫を重ねて数多く演ずる、という部分ですが、これは今から着物の商いの道を歩む人にとって難しい問題だと想います。

いま、呉服商を育てる上で一番難しいのは、『売れる場面』が昔より圧倒的に少ない、という事なんです。

私はこの世界に25歳で入りましたが、当時は、着物離れとは言われながらも、高額品も含めてかなりの数が売れていました。

何も解らないで入社数ヶ月で外販に出ても、売れたんです。

お客様から色々教えてもらえましたし、強い需要が広範囲に存在しました。

そういう商売の経験を積み重ねて商売人は育つものなんです。

ところが、今は若いうちは着物の商売人としては、半人前以下と見られてしまうし、お客様もシビアになっています。

でも、やっぱり20代からこの仕事を始めないと、本当の意味での上達は難しい。

20代からお客様に迷惑を掛けながらも、励まして頂いたり、もり立てて頂いたりで、やっと30代中頃になって一人前になるんだと想います。

いくら商品知識を勉強しても、それだけでは商売になりません。

商売というのはお客様との『心の対話』によって成り立ちます。

若い男性で、この道に入ってこようという人は非常に少ないだろうと想いますが、もし居たとしても、一人前になる前に、嫌気が差してやめてしまう、そういうケースがほとんどだろうと想います。

私が若いときも後輩がたくさん入って来ましたが、3年続いたのは居ませんでした。

つくる方の人材不足はよく言われますが、売る方もそれ以上に後継者がいないのです。

男性は実生活自体が着物に縁遠いので、特に難しいと想います。

つくる方と同じで、これからは、女性の販売員を若いときから養成していく方法を考えなければなりませんね。

順序が逆になりますが、『心の中で何度も検討する』という部分です。

これは非常に大切です。

『花』を心の中でなんども検討するとはどういうことか?

人を魅了するとはどういう事なのか、芸とは何なのか?

それを突き詰めて考え続ける、ということではないでしょうか。

商人なら、商売とは何なのか? お客様に喜ばれる商品・サービスとはどんなものなのか?を考え続けると言うことです。

なぜ、これが大切かというと、商いというのはその場の販売だけではないからです。

今、目に見える空間にはお客様と自分しかいない。

でも、その周りには、お客様のご家族、ご友人等がいらっしゃり、自分の廻りにも作り手や仕立て屋そして、競合他社がいる。

商売というのはそういう大きな目で見ていかねばならないのだろうと想うのですね。

そこに、『商売哲学』というものが生まれるんです。

哲学無いとどうしても不道徳になります。

不道徳になるのはどうしてかというと、まわりが見えていないからです。

私はプレイング・マネージャーですが、私の下で働く販売員もいます。

私の商売に対する考えが、自ずとその人達にも乗り移るのです。

たぶん、能でもシテの演技が他の囃子方やワキ方に影響するというような事があるのではないかと想います。

合っているか間違っているか解りませんが、私は『経営者として』というよりも『商人としてどうあるべきか』を常に自分に問うています。

つねに一人の商人として、あるべき行動か、取るべき態度か、それを考え続けています。

いま騒がれているユーロ危機や、消費税増税など、世の中の動きは知っていなければなりませんが、一商人ではどうしようもありません。

地震が来たり、台風が来たりするように、受け入れざるを得ないことがほとんどです。

ですから、常に商人というのは、危険にさらされている。

いつ何時どうなるか解らない、板子一枚、下は地獄です。

順風が吹くときもあれば、逆風に悩まされ座礁したり、難破することもある。

でも、どんなときでも、商人としてどう生きたか、が大事だと私は思うのです。

いま、NHKオンデマンドで『黄金の日々』という戦国時代の堺をテーマにした大河ドラマを見ています。

主人公はルソン助左右衛門です。

彼は、交易で財を成しましたが、あまりの豪奢な暮らしに反感を持たれて、最終的には堺を追放されています。

大坂の米相場を牛耳っていた淀屋も同じような事ですね。

こういう歴史を見たとき、商人のあるべき姿とはどういうものなのか?商人とは何の為に存在し、何の為に働くのか?と考えてしまうのです。

世阿弥の言っている事と同じですね。

その時の花にかまけて、道をそれると、花は枯れてしまう。

だからこそ、本当の花を探して、自分に問いかけ続ける事が必要だと想うんです。

私は、全く未熟で、その答えを見出してはおりませんし、そんな事を人様にえらそうに特ほどの業績でもございません。

しかし、どんな小さな商人であっても、駆け出しの商人であっても、結果にうぬぼれたり卑下したりすることなく、真摯に商売に向かい合って、考え続け、良いと想うことを実行し続けることが大事だと私は思うのです。

鈴木大拙という禅の学者は

『必要な物を必要な所にとどける商人の道はホトケの道に通ずる』

と書いています。

商人も商う物によって、担う使命は違うかもしれません。

その使命によって、歩む道も違うでしょう。

しかし、常に『商道はホトケの道なんだ』と自分に言い聞かせて、商いに精出す事が大切なんじゃないでしょうか。

そのホトケの道が、周りの人達にもきっと善をもたらすと私は思っています。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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