『商道 風姿花伝』第19話

【風姿花伝第三 問答条々】

能楽興業をするのに、その当日になって最初に会場をみて、上手くいくかどうか認識するとはどういう事か。

世阿弥は『そんなもん、達人やないとわからへん』と書いています。

そして、観客がざわざわして、落ち着かないときにシテはどのようにすればいいのかを具体的に書いています。

着物の商いでお客様がざわざわしているシーンがあると思いますか?

結構頻繁にあるんですよ。

もちろん、お客様が複数の時にそうなります。

複数で会場にいらっしゃったとき、お客様のご自宅に訪問したときに、別のお客様がおいでになったとき、等です。

基本的に、お客様が複数の時の商談は非常に難しいです。

母娘とか、姉妹などの場合はいいのですが、お友達とかですと、非常に厳しい状況に追い込まれます。

まず、お客様と正対して、きちんとお話を進めていくこと自体が難しいのです。

私の場合、お客様が別のお話をされているときは、品物をお見せしません。

話が終わられて、こちらの話に耳を傾けてくださる態勢になってから、おもむろに広げていきます。

ほとんどの場合、お客様同士が牽制しあって、お話が上手くいきません。

途中で、また話が脱線する場合もあります。

その時は、ジワジワと品物を片付けます。

この状況に陥ると、どうにもなりません。

唯一の打開策は、着物=商品以外のところで、お客様との接点を見いだして、お客様の輪の中に入り込むことです。

趣味やら、共通の知人、などの話から、ガラッと展開が変わることがあります。

つまり、正対していながら、お客様が私の話をお聞きにならないという状態は、『壁』を造っていらっしゃるととらえた方がいいのです。

不審感を持っていらっしゃるとか、私自身に違和感を持っていらっしゃるとか、いろんな理由があると思います。

そんな状態で、いくら作品をご覧にいれても、お客様は心を開かれることはないと思います。

まずは、少し反応があった作品数点だけを残して、あとはしまってしまう。

そして、まずはお客様のお話されている内容をじっくり聞くのです。

そこから糸口を見つけて、絡みをほどいていくしかありません。

しかし、限られた時間で、それを成功させるのは非常に難しいです。

私としては、『次』に繋がる話をするように心がけます。

展示会場などでお客様の来店が多いとき、その状態に陥ったら、失礼にならないようにお声がけして、その場を立ち去るより方法がありません。

これは真実です。

世阿弥も書いていますが、こんな時は、上手くいくことが少ないのです。

それが、商いにおける『読み』です。

逆に、お客様がお一人で、話を聞いてくださっているのですが、まったく無反応な場合もあります。

これも同じです。壁を造っていらっしゃるのです。

好みが合わないか、値段が合わないか、人間が合わないか、のどれかです。

両方とも、同じことなのですが『会話』がないと商売は成立しないのです。

ですから、まずは会話をする。会話をするためには、お客様に話して頂いてそれを聞くという態勢をとることです。

話をするのではなくて、まずは聞かせて頂くのです。

そのためには、時には『沈黙』も必要です。

沈黙を恐れる商売人は、上手とは言えないと私は思います。

沈黙して、お客様の目の動き、手の動き、表情などを、つぶさに読み取るのです。

言葉には発していなくても『目は口ほどに物を言う』のです。

私の場合、巨漢のオッサンなので、ガンガン押しはもう出来ません。

女性販売員や若い男性なら、いけるかもしれませんが、私くらいの年配になると、押しつけがましくなって嫌われます。

ですから『引き』の商売を心がけているんですね。

催事やキャンペーンの場合、私たちメーカーがお客様になにか買わなければならない義理を感じてもらうことはまず出来ません。

それだけの人間関係も簡単には構築できません。

商品がすべてです。

商品の魅力がなければ、お客様にお話をして頂くこともできないのです。

まずは、そこからです。

会話が始まれば、また作品をご覧にいれて、その中からお客様の目が真剣になる作品が出てくることがあります。

それも目と手の動きです。

そこから、ジワーッと、薄い一反木綿を水平にそのまま持ち上げるような感じで、まるで太極拳の平手打ちの様に、前に押すのです。

その周りの空気、全体を押す感じです。

複数のお客様がいらっしゃって、流れを逆流されたり、止められたりしたら、もうダメです。

どんな魅力ある品物も、卓越した技術も、人間のつながりには勝てません。

和やかに撤退時期を計りながら、失礼にならないようにお勧めする作業を続けていく。

アカン!と思って、さっさと片付けてはいけません。

お互いの後味が悪くなる、つまり場が汚れます。

良い作品なんですけどね、よろしいですか、残念ですね・・・とかぐちゃぐちゃ言いながら、無念さをにじみ出して、がっかりした悲しそうな表情を浮かべながらも、ジワジワと片付ける。そして・・・・じゃ、また良いのを探させてもらいますので、よろしくお願いいたします。

で、フィニッシュ。

お客様がお求めにならないときほど、慎重な対応が必要です。

クレームになるのは、決まってお客様がお求めにならなかった時です。

時間が限られていたり、お客様が多かったり、売り上げが思うようにいかなかったりして、焦っている時ほど、気持ちを整理して、3倍くらいの笑顔を作って、お客様の前を去るようにしなければダメです。

また、そうしなければ、次のお客様に向かうときに、自分の心にイヤな感じが残って悪影響が出てしまうのです。

常に心を平穏にしておく。

品物でご満足いただけなかったお客様には、せめて面白いお話でも聞いて頂こう、くらいの気持ちで居た方がいいと思います。

世阿弥はこう書いています。

『そもそも、一切は、陰陽の和する所の境を、成就とは知るべし』

すなわち、お客様がざわついているときや高ぶっているときは、こちらは、淡々と低い姿勢でことを進め、逆に、お客様に反応がないときは、こちらが陽を演じるのです。

そして最後は『秘するが花』です。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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