『商道 風姿花伝』第17話

【鬼】

鬼の演技の要諦とは、恐ろしく、強く、そして面白い。

でも、これを両立するシテはほとんど居ない、と世阿弥は書いています。

これは、まさに商売でも同じ事ですね。

優しく面白く語っているのだけれども、何か話に聞き入って、ひき込まれてしまう強さ、威厳を感じる。

私のめざす究極の商売の形です。

初対面のお客様でも、お顔つき、服装、お話の様子から、即座に様々な要素を判断し、適切な品物を取り出し、ひとこと、ふたこと話しただけで成約に至る・・・

これこそが、達人の商売だと私は思います。

そのためには、この鬼の様に、体中から立ち上るオーラと一言一言の言葉の力の強さが必要です。

そして、眼力。

昔、野球の投手対談で、江夏が江川に『究極のピッチングとはなにか?』と聞いたところ、江川は『1試合を27球で終わらせることです』と答えたところ、江夏も同意見だったそうです。

当時は、また江川の省エネ投法の話か、と想っていましたが、違いますね。

27球で終わらせるためには、一人のバッターを1球で仕留めなければいけません。

ということは、必ず初球を振らせて凡打させねばならいのです。

バッターにとって絶好球と思える、ボールを投げて必ず振らせなければ、絶対に出来ない事です。

つまり、バッターの心理、好みのコース、自分のコントロールと球速など、全部が完全に掌握され、実現できなければ、27球では終わらないのです。

とてつもない芸当だということです。

私たちの商売でも、一番大切なのは初球です。

つまり、一番はじめに何をお見せするか。

全然、的が外れていては、お客様が相手にしてくださらなくなる場合もあります。

ですから、こんな方にはこの作品、とある程度のパターンを決めて、自分の中でストーリーを造っておかねばなりません。

電車やバスの中で、前に座ったり立っている人の顔や服装を見て、『この人がお客様だったら、何を勧めるか』を何度も何度も、心に描いて練習するのです。

お顔の色、髪型、服装、持っているモノなどから、だいたいのお好みは類推されるものです。

第一球、外したら・・・

次の手も、きちんと計算されていなければなりません。

そして、そのお話の中から、いろんな情報を頂くのです。

お客様の方から『これこれ、こんな着物とか帯』と言ってくださることはまれです。

それは、言葉の端々や、顔の表情、目の動きで察するのです。

どうやっても、お好みが察しきれない、なにをどうお勧めしたらいいのか途方に暮れてしまうことがあります。

その時は、自分の手には負えないのだと諦めましょう。

諦めも肝心です。

私も、私が作り出す着物や帯が嫌いな方をどうやっても説得できません。

嫌いなモノを自信を持って勧めることもできません。

ですから、諦めます。

着物というのはもう趣味の世界ですから、お好みの問題で、どなたにでも万能に対応出来るモノではないと私は思います。

この『諦め』があるから、商売に力強さが出る。

恐ろしく、怖く、そして面白い・・・

これを表現するには、確信と諦めの両方が必要なんじゃないかと私は思うのです。

琉球びんがたが嫌いだという方にどうやっても、琉球びんがたを売ることは出来ないのです。

でも、既存の琉球びんがたに抱いていらっしゃる観念をひっくり返すことは出来ます。

そのためには、琉球びんがたの持っている長所・短所などの特性を事細かく、正確にかつ客観的に把握していなければなりません。

自分であつめた、あるいは作り出した作品が並んでいるわけですから、店主つまり私なら私の会社の商品群には一定の特徴があるはずで、それを大きく外れた品物があるはずがないのですね。

ですから、必要なことは、お客様の好みがつかみきれないときに、次に展開するパターンを決めておくことです。

これは数多くパターンを持っている方が当然有利です。

それでも、どうしてもダメなら諦めましょう。

作品が合わないか、人間が合わないか、タイミングが合わないかのどれかです。

タイミングは合うことはあっても作品や人間はなかなか合わない。

自信を失うより、確信と諦めをもって商売をする方がいいと私は思います。

つまりは、お客様を良く知るということが、この『恐ろしさ、強さ、おもしろさ』を実現する秘訣じゃないかと思います。

商売抜きで楽しいお話をしていたら、案外、別の所から糸口が見つかったりするものですよ。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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