『商道 風姿花伝』第11話

【老人】

今日は、昨年東日本の震災があった日ということで、大阪能楽会館で義捐能があり、私も行ってきました。

そもそも、謡曲・仕舞を習い始めたきっかけが、震災直後の公演の最後で被災者鎮魂の為の『砧の一節』を見た事でした。

『能というのは、ただ単なる芸能に終わらない、大きな意味をもっているんやな』と感じ、私もその中に参加してみたいと思ったのでした。

ちょうど、芸大もいざこざがあって退学していたころでしたし、茶道の稽古も始めていましたので、思い切ってお稽古を始めました。

師匠の藤井丈雄先生との出会いにも恵まれました。

まだ、半年ですがいろんな方とのご縁もたくさん頂いて、とても楽しくお稽古させて頂いています。

さて、本題に入りましょう。

ここでは老人を演じるときの心得について書かれています。

その極意を世阿弥は『老木に花の咲かんがごとし』と書いています。

美しく上品に老人の物まねをせよ、というのです。

非常に難しいですね。世阿弥も難しいと言っています。

私は商売の時に『ぎんぎらぎんにさりげなく』という私と同い年のかつてのアイドルの歌をたとえに使います。

物を売るときには熱意が無ければなりません。

しかし、前につんのめりすぎてもダメです。

特に高額の着物を売る場合、販売員の上品さも要求されます。

私は、上品ぶるのが苦手ですので、まさに『地』で行きます。

地で行くから、知識でカバーしようとしているのだ、と言ってもいいです。

上品に感じてもらう為にはどうしたらいいか?

一つは、あまりしゃべらないことです。

二つは、動作をゆっくりとすることです。

三つは、笑顔を絶やさないことです。

四つは、身だしなみを整えることです。

五つは、教養を身につけることです。

簡単でしょう?

でも、やるのは難しいんです。

もう20年選手の私でも、完全に感情をコントロール出来ません。

機嫌の悪いとき、体調の悪いとき、結果がでないとき、どうしても焦りますし、短気になります。

1度のミスがお客様との長く続くはずのご縁を断ち切ってしまうこともあります。

だから、商売は怖いのです。

お客様に、良い感じの人だな+信頼できるな、と思ってもらわねばならないのです。

調子が良いときは、自然にそれが出来るのですが、調子が悪い、結果が欲しいときには逆にうまくいかないのです。

調子が悪いときは、『お客様に会いたくない』という感情まで生まれてきます。

会わなければ売れるわけがないのに、そう思ってしまうのです。

つまり、前向きな気持ちが無くなっているのですね。

それでいて、つんのめってはいけない。

お客様は敏感にこちらの心理を察しておられるものです。

表情がこわばったりしていると、うまくいく商談もうまくいきません。

だから、何より、自分の感情を上手にコントロールして、淡々とゆったりとお話しする『型』を身体と心にしみこませなければならないのです。

ある意味では、あまり考えすぎると上手くいかないので、教養と平常心は両立しにくいものだと思います。

作品をご覧になって、一発で気に入られた場合は、スッと進むこともあります。

初対面のお客様で、お好みも解らない場合、どうしたらいいか?

まずは、じっくり見て、考えて頂く時間を、自ら工夫して作る事です。

良い時代は、怒濤の押しで、お客様を攪乱して、強引に成約に持って行くという事が通用しましたが、今はそうは行きません。

きちんと納得して買って頂かないと、店の看板も、自分の評判も汚してしまいます。

表現が非常に難しいのですが、オーバースローで速球を投げ込むのではなくて、ソフトボールのスローピッチの様な感じで、フワッと投げるのです。

販売員による強い営業をプッシュ戦略、CMや販促による営業をプル戦略と言いますが、私たちの場合は、フワッと引く。

この変は、ほんとうに呼吸と度胸なんです。

場合によっては、お客様が気に入っている作品をわざと巻いてしまうこともあります。

荒技の時は、積んで風呂敷をくくることも。

それで、再度お出しして、上手くいかなければチャンチャンです。

なにをしているのかというと、お客様に考えて頂くようにしているのです。

今は熱心な営業だからと言って、買ってくださる時代ではありませんし、私くらいの年齢になると押しつけがましくなって逆効果です。

これをやる為には、自分が作品に対して絶対の自信をもっていなければなりません。

やんわり、世間話や作品の説明をしながらお見せしていても、心の中は『ドヤ!』と思えなければダメです。

だから、作品の絶対的魅力と適正な価格設定が必要なんです。

本当によい作品には説明なんて要りません。

でも、お客様がいろんな事を考え始められた時、的確な回答をせねばなりません。

だから、考える時間を持って頂いて、不安を取り除き、納得へとお誘いするのです。

『そんな甘いこと言ってたら売れないよ!』と多くの人が言うかも知れません。

そんなことないです!と反論します。

良いモノが適正な価格なら、お客様はお求めになります。

売れないと思うのは、商品や価格設定に自信がないからです。

作品と自分に万全の自信があれば、かならずお客様は的確な答えを出される事だろうと思います。

もし、ダメなら、それがお客様の答えであり、そこから、また新たなモノを生み出せば良いのです。

それが、お客様第一主義ということでは無いでしょうか。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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