【風姿花伝第二 物学(ものまね)条々】
物まねとは、能の演技の事で、ある人物に扮してその役を演じることを言う、と書いてあります。
その演技をどれだけ写実的に表現するか、と言うことについて書かれています。
天皇やお公家さんのマネはなかなか難しい。賤しい民の物まねは余りに写実的にすると興ざめだ、などと書いてあります。
商売の上で、写実=どのくらいそのままあからさまに真実を伝えるか、を考えて見ましょう。
これは、非常に難しい問題です。
商売人は、商品の欠点をできるだけ隠したい。これは人情であり、真実です。
良い所だけをアピールして、成果に結びつけたいとは誰でもがそう思うのです。
天然の藍が色落ちするとか、芭蕉布がシワになるとか、出来ることなら言いたくないわけです。
正直に言った商売人が売れなくて、言わなかった、あるいはウソをついた商売人が売れるということになってしまいます。
これは情報の非対称性から来る物で、悪貨が良貨を駆逐するということになってしまうわけですね。
多くの商人は『触れない』事で、なんとかごまかすというか、逃れるのだろうと想います。
でも、最終的には、必ず結果として、その隠したことは明るみに出るわけです。
そして、『そんなの常識ですよ。言うまでも無いことです』と言うのが常套手段です。
品物に対する情報をどの程度、詳しく、そのままに伝えるか、それはまさしく『究極の選択』なんですね。
白い帯が汚れるか?汚れるならガード加工したら汚れにくくなります。しかし、その分、風合いは損なわれます。
芭蕉布はシワになる。では、シワにならない芭蕉布があるのかといえば、無い。
苧麻で織られた上布類でもシワになります。
天然繊維、天然染料、手仕事、それぞれ、良い点の裏腹に欠点もあるのです。
それは化学や機械を使った物でも同じです。
どんなものでも完璧な物はなくて、良否は裏腹なのです。
では、短所から眼をそらして、無視して、お客様に伝えないのが正しい態度かと言えば、それは違いますよね。
ウソは論外だとしても、どれだけの情報をお伝えするか、というのが非常に難しいのです。
お客様とお話する時間というのは限られています。
品質や性能という部分についてお話しする時間といえば、さらにもっと少なくなります。
基本的にはやはり、普通に着用するのに問題がある品物は扱わない、というのが基本だろうと想います。
2、3年着れば、膝やおしりが出るような物や、スリップするもの、退色するものはやらないに越したことはないと私は思います。
色落ちやシワに関しては、それを超越した便益を提供できる物は、きちんと説明して解って頂けるお客様だけにお勧めするというのが正しい態度ではないでしょうか。
また、この品質に関しては若干の個体差があります。
全品検査はできないにしても、品物がダメになるのを覚悟で抜き取り検査はしなくてはならないだろうと想います。
始めて扱う品物に関しては、自分や従業員に着せて、テストしてみるべきだと想います。
太鼓ー腹、つまり、お腹とお太鼓の部分だけに文様のある帯は、お客様のサイズによって合う合わないがあります。
ですから、基本的に私は、こういう帯を発注しませんし、買い取りしません。
うちの名古屋帯は全部六通です。そうしておけば、安心だからです。
一番難しいのは『似合うか似合わないか』です。
これは、主観的なものですし、お客様の好みや想いもあるので、いかんともしがたいのです。
お客様が気に入ってらっしゃる着物を『似合わないからやめておきなさい』とは言えないものです。
私だって、着物姿の女性を見て、『もっとこんな色を着たらこの人は映えるのにな』と想うことは多々あります。
結論から言って、そんな事は余計なお世話なんだと想います。
お客様が着たいと想う色があれば、それが似合うように小物や帯などで調整するアドバイスをするべきです。
髪型やお化粧によってもずいぶん違います。また、表情によって、周りの環境によっても、見え方は違います。
ただ、お客様が迷われているときに、どちらの作品が適しているかはきっちりとご提案できる見識はもっていなければなりません。
それは、似合う似合わないだけでなくて、ご用途や、季節、社会的地位などです。
最近の呉服屋さんは、トリッキーな提案をされる所も多い様に見受けられますが、基本的には、はやりすたれのない、上品な品物、コーディネートを提案するのが良いのだろうと想います。
セオリーというか、基本を大切にした方が、応用がきくからです。
コーディネートもしやすいし、着用範囲も広くなります。
今回の話は、本当に、非常に簡単そうに見えて難しい問題なのです。
結論としては、自分がその品物の長所・短所をしっかりと把握しておく。
そして、長所と短所が二律背反である場合には、短所を伝え、それを受け入れても長所を楽しみたいという方にお勧めする事だろうと想います。
最終的には、『覚悟を決めて、信念を持っておすすめする』という事になるのではないでしょうか。
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