『商道 風姿花伝』第1話

【序】

皆様、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

いきなり水曜日なので、『商道 風姿花伝』を始めます。

マーケティングの話の時は、テキストの著者の一人がゼミナールの先輩だったので、甘えて引用させてもらったのですが、

今回は原文を除いてはほとんど引用できません。注釈も引用できないので、出来ればテキスト(風姿花伝・三道)を購入して

このブログを読んでくださいね。書物は邪魔になりません。

さて、始めましょう。

あらかじめ申し上げておきますが、この『商道 風姿花伝』では『生産者、あるいは生産者に近い人が販売の場に出たときに役立つ知識の習得の手助け』になれば、という想いで書いていきます。ですから、小売を専門とする方の参考には成らないと思います。そのつもりでお読み頂ければと思います。

序の部分では能=申楽の起源と能楽師の心得が概要的に書かれています。

ここで注目すべきなのは、当時から数種類存在したであろう、『演劇』の中で能楽の位置づけをしていると言うことです。

『推古天皇の時代に聖徳太子が秦河勝に命令して、天下太平の祈りのため、また人々の娯楽のために造らせた物である』

『大和・近江の申楽が両者の神事に参勤することが今も盛んである』

能楽にはそれだけの由緒と高尚かつ幅広い目的を持っているということですね。

そして、

『古きを学び、新しきを賞する中にも、まつたく風流をよこしまにすることなかれ』

古い物を取り入れたり、あたらしいものを試してみる中にも、けっして伝統をないがしろにしてはならない、ということです。

この『商道 風姿花伝』は染織品をいかにして売るか、をテーマにしています。

マーケティングの時は作るときの話でしたが、今度は売るときの話です。

そこから焦点を当ててみましょう。

能=申楽がどういう由緒と目的を持っているか。

商売に置き換えてみれば、自分のあつかっている商品がどういう歴史と目的を持っているか、ということです。

そして世阿弥が生きた時代にも他に演劇はあった。その中で能楽の位置づけを敢えて行っているのです。

着物なら、自分の売ろうとしている物がどういう位置づけなのかを明確にして置かなければ、どんな話をしても始まらないということです。

沖縄の染織なら、その歴史があり、何百年と受け継がれてきた技法、服飾文化を考えなければ、造るのも売るのも、方向性を見失います。

着物というのなら、紅型柄のプリントでも着物は造れます。

では、それが沖縄の着物でしょうか。

違いますね。沖縄の伝統技法に則って織り、染めたものが沖縄の着物なのです。

つまり『風流をよこしまにすることなかれ』ということです。

ですから、造るにしても売るにしても、ここでいう『風流=伝統』をきちんと正確に踏まえていなければならないのです。

それが、申楽=能と同じく、由緒と高尚な目的を持った伝統文化の使命であり、宿命なのです。

ですから世阿弥は『この道に至らんと思はんものは、非業を行ずべからず』と書いているのです。

厳しい道だけれども、この道を行く物は脇目もふらずに邁進しなければならない、そう言っているのです。

伝統染織の道は厳しいです。時には脇道にそれたり、別のことをしたくもなります。

しかし、そのときに思い起こさなければならないことは『行く道の気高さ』なのです。

伝統染織を売る。

ただ着物を売るという仕事と何が違うのか。

そこには、歴史・伝統・文化、そして人の汗、愛、心が織り込まれ、染め上げられているからです。

合繊やプリント印刷の着物でも着物は着物です。

でも、そういう品物とどこが違うのか。

それは目に見えない多くの資産がそこに盛り込まれているのです。

売る人間は、その価値を解っていなければならないし、それを適切、的確に消費者に伝えなければ成りません。

ですから、製法や技法を知っているだけではダメなのです。

織物や染め物の歴史だけでなく、造られた地域の歴史、そしてその染織品がどのように流通したか、どのように愛されてきたかまで、

精通していなければ、売る資格がない。それが『伝統文化』の世界に生きる者の道であり、そこにプライドを持たなければならないのです。

いま、流通で行われていることは『○○の作家の作品がこの値段』という話ばかりです。

それでも売れます。売れてしまいます。

では、売れたらそれでいいのか?私たちの道はそんなところで止まって良いのか?それが私たちが生涯を掛けて挑む道なのか?

違うと私は思います。

商売の道具は言葉です。

でも、言葉だけではありません。

能楽の詞章=セリフでも同じだと思います。

能面は無表情のたとえに使われますが、名人が着けて舞うと、様々な表情が生まれます。

商人の言葉も同じです。

1つの言葉から100を伝えることができるのが商売の達人だと思います。

そして『気』を読むこと。

商売の世界、特に着物の販売の世界ではお客様と親しい事や、押しが強いことが良い結果を生むことが多いです。

極端な話では『何を買うかより誰から買うか』が大切だという人もいます。

もちろん、その方面での努力は必要です。

しかし、物作りの場から販売の場に臨んだ人にとってお客様との縁は一期一会です。

初めてその場であって、次にはいつ会えるかも解りません。

その状況で、どう納得して買って頂くか、末長くご愛用していただくか、それを考えましょう。

能楽も同じだと思います。

演技者がその演目を舞うのを見るのは、ただの一回です。

次はいつ舞うか解らないし、次にその観客がくるかどうかも解らない。

能楽は言葉もわかりにくいし、おまけに能面を付けているので一層聞き取りにくく、表情も見えない。

様々な制約がある中で、何かを感じて帰ってもらわなければ、決して次はない。

誰が、後押ししてくれるわけでもありません。

そういう真剣勝負の場が販売の場だと心得てください。

そして、そのためには、日々の努力と研究、そしてなにより高邁な志が必要だと言うことを知っておいてください。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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