『商道 風姿花伝』のコンセプト

少し、来年から始める『商道 風姿花伝』についてお話ししたいと想います。

この本を読んだきっかけは、昨年の秋くらいから能楽に興味を持ちだしたのがきっかけでした。

大阪の山本能楽堂で行われた『上方伝統芸能ナイト』というイベントで、少しだけ能を観たのが初めで、それからはまってしまって、今では謡曲(能の詞章を謡う)・仕舞(能の一部分を切り取った舞)を習うようになりました。

この本は、世阿弥という観阿弥の息子で能楽を大成した人物が著者なのですが、読んでみて一番驚いたことは、ものすごく実践的に書かれているのです。

幼少期から始まって、歳を経る事の心がけや稽古の仕方、観客がザワザワしているときや、高貴な身分が居るときの舞い方など、事細かに書かれています。

そして、その姿勢は、常に『観客にどう評価されるか』に一番に力点が置かれています。

一般的に芸術家というのは、自分が満足行く演技が出来ればそれでいい、と考えがちです。今は特に、『自分らしい演技ができて満足です』とか言って、悦に入っている姿をよく見ます。

しかし、私はそれは間違っていると想う。

形ある工芸にせよ、形の無い演技にせよ、それ自体に価値があるのではなく、それを使ったり、観たりした人の心の中でその芸術は完結するのであり、その芸術の価値は、受容する人の心の中で初めて評価され得る物だと想うのです。

ほんとうに良い作品というのは、誰が観ても心をうつものです。

その理由は判然としなくても、脳や頭じゃなくて、心が魂が感じるから、多くの人に評価されるのです。

雑踏の中でも、本当にうまい歌手は、聴く姿勢の如何に関わらず、皆を黙らせ、聞き入らせてしまうものだと想います。

下手くそな歌手が歌うと、聴いているつもりでもついつい雑談してしまう、そんなものです。

現実に能楽を鑑賞すると、非常に上手く構成がなされている。

ムダな人、ムダな装飾が一切無く、シテという主役は面(おもて)を被っていて表情さえ見えない。

セリフも謡曲というメロディー仕立てになっていますから、演技者の個性は最小限に抑えられてしまいます。

しかし、そのシテによって、能の見え方は全然違う。

感じ方が全然ちがうのです。演じる能楽師はほんとうに大変だと想います。

昔、『アルマゲドン』という映画がありましたが、地球に衝突しようとする隕石を爆破して救うというストーリーです。

その時に出た話が、隕石の表面で爆発させても、隕石は壊れない。爆弾を中に埋め込んでこそ、隕石は粉々になる、という物でした。

つまり、何かに閉じ込められた方が、エネルギーの効果は大きくなる、という事です。

このことは芸術表現においても言える事だと私は思います。

もし、落語が座布団の上に座って着物を着てやるのでなければ、あんなに面白く無いと想います。

自由は素敵なことですが、そこからエネルギーが生まれるかというと、どうも弱々しいものになりがちな様に想うのです。

話はだいぶそれましたが、様々なことが、表現としての工芸や、私がいまやっている商売の心得と非常に共通していると感じたのです。

『私達は作り手だから、売る事は関係ないじゃないの』と想われる鴨知れませんが、さにあらず。

今は、著名な作家やメーカーになればなるほど、前=販売の現場にかり出されます。

昔は座談会や講演で良かったのですが、いまは販売の手伝いをさせられるのです。

能楽になぞらえて言えば、小売店はワキでシテは作り手という事になってきているのです。

ワキというのは、脇役の専門職で、初めに能舞台に出てきて、状況説明やシーンの設定などに関して話します。

その後にシテが出てきて、演技のほとんどをするわけです。

つまり、販売においても、主役は作り手となりつつある、ということなのです。

現に、私が販売に行くときも、デパートの営業さんは初めの商品概要の紹介と、最後の支払の話しかしない場合がほとんどです。

それ以外は、ずっと私がしゃべりつづけているのです。

それは、商品に関しての専門家という立場でやっているわけです。

とくに、特徴のある商品の場合、小売店に任せていて勝手に売ってくれると言うことはあまり望めないだろうと想います。

そうなると、どうしても販売の現場に商品に詳しい人=生産者が応援に行くことになる。

私達、商人が生産の事を知らねばならないのと同様に、生産者も商いの事を知らねばならない、そこに知恵を絞らねばならない時代が来たと私は思うのです。

私とて、販売の技術と言えばお恥ずかしい限りですが、拙いながらも20年以上のキャリアを積み重ねてきました。

私が話す内容は、集客や販促の話はありません。作品を見に来られたお客様に、どうやったら満足行く説明が出来て、結果として成約に結びつけるか、という所にポイントをしぼります。

集客・販促は私も実践では専門外ですし、それは小売店にやってもらわねばならないことです。

みなさんが心得ておくことで肝心な事は、あくまでも『販売応援』に行った時のノウハウです。

その話をこの『風姿花伝』を読みながらしていきたいと思っています。

販売というのは、80%以上が天性=センスです。

向いている人と向いていない人がいます。

でも、向いていない人にも、向いていない人なりのやり方があります。

たぶん、ある意味気むずかしく、理屈っぽい私も販売には向いていないと想います。

その分、理論的な説明を心がけ、知識面では誰にも負けない様に勉強しています。

そんな私を可愛がってくださるお客様もいらっしゃるのです。

私達、販売応援の立場の人間はお客様とは『一期一会』だと心得ねばなりません。

もう次にはお会いできないお客様にどうやったら、作品の魅力をご理解いただけるか。

そこにあらかじめの人間関係はありません。

まさに一発勝負です。

マーケティングの世界からさらに踏み込んで、一気に実践編へ進みましょう。

ロールプレイングなども加えながら、わかりやすくお話ししていきたいと想います。

消費者の立場の方でお読み頂いている方は、商人がどんな気持ちで説明しているのかを知り、説明している人の知識を最大限に引き出す手助けとしてお読み頂けると幸いです。それが必ず、楽しく有意義な買い物と着物ライフに繋がると想います。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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