日本の美術と工芸 第7話 2017/2/2

『この国の人々が発展させた東洋固有の特質や文明を生み出すのに、芸術と芸術文化がどのような影響を与えたか』

ということに、オールコックは疑問が湧き出した、と書いています。

おかしな事を言うなぁ、と私は思います。

特質や文明があるから、芸術が生まれるんじゃないんですか?

芸術が特質や文化を生む訳じゃない。

芸術というのは、その民族に根ざした習慣を土台にして、突然生まれ出た一人の天才によって、芸術というレベルにまで高められるんだと想うんです。

能だって茶道だってそうです。

田楽・申楽があり、観阿弥・世阿弥の登場で、芸術の域まで到達したし、

お茶を飲む文化はずっと前から民衆の生活にも浸透していて、そこに村田珠光、武野紹鴎、千利休をバトンが渡されて、これも芸術となった。

芸術と芸術でないモノの境をどこに設けるかというのも難しい話ですが、それはおいておいても、高いレベルで体系化されたのは確かでしょう。

でももし、観阿弥や利休が生まれなくても、申楽の延長線上にあるものは続いて来ていたかもしれないし、お抹茶も飲まれていたかも知れない。

また、総合芸術としての能や茶の湯がまた新たな芸術を生んだのも確かでしょう。

しかしそれもこれも、それを受け入れる、私達日本人の高い精神性と文化力があってこそです。

なぜ、日本人はそうなのか?といえば、それはDNAによるものも大きいのでしょうが、1番は風土・自然環境だろうと私は思います。

四季に富み、緑豊かで、美しい川や海。

そして1番は豊穣な国土でしょう。

豊かな農水産物があって、食が足りて居てこそ、文化は生まれるのです。

明日食べるものもなくては、文化は生まれにくい。

わが国は、ほっといたら土から食べられる草が生え、秋には様々な木の実がなる。

短く急な流れの川は時に人間生活にダメージを与えるが、それがまた土地を豊かにもする。

豊かな森は、河口の小魚の餌となり、その小魚はまた大きな魚の餌となり、針を投げ入れただけで魚が釣れる豊かな海が造られたのです。

わが国では皇族や貴族などの上流階級だけでなく、庶民階級によって文化が創られ、浸透していったのは、一般庶民も食うに事欠かず、自由な暮らしを謳歌していた事によるものだと私は考えています。

民藝の中に素晴らしい物があるというのは、まさに庶民の生活レベルの高さを示す物なのです。

(つづく)

工芸 ブログランキングへ

織物・染織 ブログランキングへ

ファッション(着物・和装) ブログランキングへ

ファッション(着物・和装) ブログランキングへ

この情報へのアクセスはメンバーに限定されています。ログインしてください。メンバー登録は下記リンクをクリックしてください。

既存ユーザのログイン
   
新規ユーザー登録
*必須項目

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

目次