『デザインとブランド』

デザインとブランド。

今ではもう聞き慣れた言葉です。

デザインというのは designですから、de sign。

つまり、サインを送る、簡単に言えばその品物に込めたコンセプトを受け手に発信するという意味です。

では、ブランドというのはどういう意味かというと、日本語で言えば『銘柄』です。

ブランド・ロイヤリティー=銘柄忠誠を如何に高めるか、というのがマーケティング戦略上重要なこととなってきます。

ブランドといえば、なんか高級品という感じがしますけど、日本語になおすと『銘柄』なんです。

たとえば、お酒。

日本酒というだけじゃ、自分が作ったお酒が選ばれる確率はアテモンみたいに低くなりますよね。

次は、灘の酒とか越後の酒とか、そういう風に言う訳です。

灘の生一本しか飲まない!とかいう人が出てくれば、他を差し置いて灘の酒ばかりを選ぶ事になるわけです。

その灘の酒の中でも、私は白鹿だとか、オレは菊正宗だとかいうふうにどんどん絞られて行く。

絞られて行けば、その酒蔵のお酒を反復して買うようになり、そのお酒しか飲まない様になります。

私は日本酒の次には泡盛、泡盛の次にはウイスキーが好きですが、自分で買うお酒は、

泡盛なら、『琉球王朝』か『海波』

ウイスキーなら『オールドパー』

と決まっています。

それは、琉球王朝ならこんな味、海波ならこんな味、オールドパーならこんな味と、味が予想され、品質と共に保証されるからです。

その品質・内容の保証は何によってされるかというと、それこそブランド=銘柄なんですね。

酒の他にも煙草はピースライト、車はトヨタ、ボールペンはジェットストリーム、手帳はモレスキン、ノートはツバメノートと、買う物はだいたい決まっていて、反復して買っています。

これがブランド・ロイヤリティー=銘柄 忠誠です。

ブランド・ロイヤリティーはどうやって形成されるかといえば、そのブランドが保証している品質・内容を良しとして、反復して消費し続けることが最高のメリットをもたらすと認め、実行することによるわけです。

そのブランドを狭義で は視覚的に、広義では内容全般において構築するのがデザインなわけです。

パッケージだけでなく、ブランドのコンセプトの 中にあるモノを商品の幅と深さ両方向に広げるのがブランド戦略です。

ブランド戦略というのは、そのコンセプトを中心にブランドをデザインするという事に他なりません。

ですからもちろん、コンセプトが無いとデザインできませんし、コンセプトから外れてデザインされたものは、ブランドの中に入れるべきでは無いのです。

ブランド・マネジメントをするためには、コンセプトを如何に的確にかつ鮮明に把握できるか、が最も大事な事であると私は考えています。

例えば、イブ・サンローランというブランドを考えてみましょう。

サンローランはNHKの朝ドラでも紹介されましたが、トラペーズ・ラインやサック・ドレスを考案した、天才ファッションデザイナーです。

オートクチュールでもプレタポルテでもその異才ぶりを発揮していました。

ところがです。

イブ・サンローランというブランドは、タオルからトイレのスリッパ、煙草まで生活のありとあらゆる所の商品にまで着けられるようになりました。

私の年代だと、サンローラン=ダサイ、時代遅れ、という感じです。

これは一番卑近なブランド・マネジメントの失敗例です。

タオルやトイレのスリッパにイブ・サンローランの名をつける意味があったのでしょうか?

イブ・サンローランの個性がひかる商品だったでしょうか?

私達の業界ではどうなのでしょうか?

一部のブランド=銘柄を挙げるだけでも、批判になりますから、ここでは避けておきます。

お読みくださったみなさんでお考えになってみてください。

ブランド、デザインが今、消費者の眼を欺く道具として使われている事を私は非常に悲しく思います。

ブランドの持つイメージを利用して、そのコンセプトから外れた品物の購買を誘う。

その商品がニセブランドでなくても、コンセプトが違い、消費者が持っている期待に背くのでは、そのブランド・デザインは間違っているのです。

たとえば、民藝品の看板をあげている店が、置いている商品のほとんどが機械製品だったりすれば、それはいわば羊頭狗肉でしょう。

民藝の看板を揚げていたら、民藝とはどういうものかを正確品把握して、それにそった品揃えをしてこそ、看板にふさわしいし、消費者の期待に沿うと言えるでしょう。

そうでなければ、その商品が良い物で適正な価格であったとしても、ダマシです。

手紬の糸を遣い、手織りで織っている事で有名な織物が、機械紡績の糸・機械織りでは、その織物がいくら優秀でも、ダマシであるのと同じ事です。

それは、ブランドに対して消費者が持っているイメージを『悪用』しているにすぎないのです。

ブランドの罪は、そのブランドに対して消費者が持つイメージ、期待によって、消費者が盲目になることです。

ですから、その分、ブランドを冠する商品はそれに対して的確に応える責任があるのです。

それができなければ、別ブランドをデザインし立ち上げるべきなのです。

わが業界では、消費者が勝手に思い込みをすることを想定して紛らわしいネーミングをしているきらいさえあります。

弊社は『もずや』を商標登録しています。

これは弊社が持つ唯一のブランドです。

我が家の屋号をブランドとして商標登録した理由。
それはただひとつ。

私が良しとする商品であり、内容・品質は私が保証する。

昔の呉服屋さんだったら、たとう紙がそのブランドだったでしょう。

つまり、ブランド・デザイナーがそのブランドについて全責任をとるということで無ければ、そのブランドは何の価値もないのです。

みなさんの周りのブランドをじっくり見てみてください。

そのブランドのコンセプトはどこにあるのか。

そして、その内容と品質について、ブランド・デザイナーは自信と責任を持っているのかどうか。

ブランドが乱立する今だからこそ、消費者のみなさんは、じっくりと商品を観察し、できれば、マーケティング技法を学ばれると良いかと思います。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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