第5章 マーケティング資源の配分

5−1 何が事業の収益性を決めるのか

第4章は組織論なので、飛ばしますね。

個人工房中心の染織業界に於いては組織論はあてはめるのが難しいし、理解しにくいからです。教科書を読んでおいてくださいね。

ここで出てくるのはPIMSプロジェクトですね。

PIMSというのは Profit Impact of Market Strategiesの事です。

簡単に言えば『どういう手を打てば、どういう結果が得られるか』を予測するための手法です。

結論としてこう書かれています。

『市場シェアと利益率の正の関係が産業や市場の違いを超えて成立する』

つまり市場シェアが高まれば利益率は上がる。

逆に市場シェアが低くなれば利益率は下がるということです。

これを読んでどう思いますか?

現実にはどうでしょうか。

経済学上は、生産が多くなれば単位当たりのコストが下がり利益率が向上するということになります。

でも、手工芸ではどうでしょう。

多産する作家が利益率が高いでしょうか。

売れっ子の作家の利益率が高いでしょうか?

確かに売れっ子になれば、売れ残りが減りますから実質的な利益率は高まるでしょうね。

しかし、基本的にそう開きがあるわけではないと思います。

逆に薄利多売で、利益を薄くしている人の方が多産してシェアを伸ばしています。

問屋業でもそうですね。シェアが高いところが利益率が高いという事はないと思います。

私はここに、経済学的原則の限界があると思っています。

つまり、美術工芸品にはこのPIMSの結論は当てはまらないということです。

なぜかというと、生産コストに下方硬直性がある、すなわち、生産が拡大しても単位あたりの生産コストはそれほど下がらないからです。

南風原の絣は10反を一巻きにして織ります。これによって他産地よりも安い価格を実現しています。確かにシェアは高まり、琉球絣といえば南風原の絣という状態になっていますね。しかし、これで利益率が高まっているかといえばそうではありません。利益は上がっているでしょうが、利益率は高まっていない。なぜそうなるかといえば、品質と価格が最終的に均衡するからです。つまり、手工業品を大量生産すれば、その分必ず品質は落ちる。落ちれば価格も下がっていく。結局は利益率は逓減していきます。

マーケティング理論は機械生産による大量で均一な製品市場を前提としていると言うことを忘れてはいけません。

市場シェアというのはこういう大量生産品をマスマーケットに投入するときに価値があるもので、細分化された市場にきわめて趣味性の高い商品を対応させる場合には意味を持たないどころか、シェアに拘泥することは破綻を招きます。

県や組合は染織を『産業化』しようとします。産業化とは生産を拡大して県からの移出額や組合の利益の極大化を目指すということです。

産業化するには、効率化が必要です。効率化するには均一化が必要なのです。

均一化はどういう形で行われたか。宮古上布、八重山上布が古い例ですね。

デザインを均一化して生産量の拡大を目指した。久米島紬の泥染めもそれに分類できるでしょう。特徴を究極的に絞り込んで、一番造りやすい、生産が効率的に進む物に集中して造る。つまり作業の単純化・平準化を進めるわけです。

結果的にこれが高度な技術に繋がったわけですが、これが、着物市場が均一なマスマーケットの時代は良かったわけです。着物人口が激減し、またその消費者の需要が多様化した。そうなれば、同じ消費者が同じ商品を何度も何度も観る事になるのです。つぎに起こることは製品への期待の低下です。どうせ、同じモノしかないと思われてしまうし、現実に同じモノしかない。目も向けてくれなくなるというのが現実だろうと思います。

商品のライフサイクル論に関しては前にお話ししたかと思いますが、ライフサイクルが短くなっている市場に於いて、均一の商品を大量継続的に送り込めばどうなるか。大量の売れ残りが出るのです。

つまり、趣味性の高い商品市場に於いては、シェアに拘泥することはかえってマイナスだと言うことです。では、利益率を高めるためにはどうすればいいのか。どんな作家も、良い作品を造って豊かになりたいと思うでしょう。そのためには、魅力ある作品を作り続けて、高く売る事です。あるいは、安定した生産と販売を続けて売れ残りを出さないことです。そのためには、常にデザインや色・技法の研究を続けることです。

流通に於いても、シェアの獲得に躍起になったあげく、どれだけの駄作が市場を汚したかは明らかではありませんか。

みなさんが造るのは菜っ葉や大根ではありません。作品なのです。

芸術を生活に取り込ませたアール・デコは機械生産があって初めて実現したものですが、それでも、優れたデザインを追求して高額で売ることを目標としています。

マーケティングは作り手が豊かになるために必須の知識であると私は思いますが、染織を初めとする手工芸に於いては必ずしもその原則は適用できません。

それを適用しようとしたために、多くの悲劇が生まれたのです。

マーケティングというのは市場との対話です。

自分がどんな作品を造りたいかと同じ位、どんな人にどんなシーンで来てもらいたいかを考える事が大切なのです。

5−2 規模と経験の効果

ここでは規模の経済と経験の蓄積による効率性向上について書かれています。

まず、規模の経済について。

前述したとおり、伝統染織に於いては、最早、規模の経済は発揮されない、というのが私の見解です。その理由は以下の通りです。

  • 市場が成熟している。
  • 市場が飽和し、供給過剰である。
  • 顧客の嗜好が高度に多様化している。
  • 生産コストが生産規模に比例して下がらない。
  • 染織品は一種の耐久消費財である。
  • 効率化は実現できても、それと反比例して効果性が下がる可能性がある。

生産規模を大きくしてもコストはさほど下がらない。生産拡大によってある程度の効率向上が得られたとしても、その生産量を受け入れる市場がない。市場は狭く、飽和し、また細分化されている。細切れになった極小な市場に拡大した生産量の商品を投入すれば、供給過剰が更に進み、価格は下がる。それを無理に続ければ生産コストに見合わないほどの価格になり市場は崩壊する。

市場が崩壊してどうなったか。中古市場の出現です。中古市場の出現は耐久消費財であればこそ可能となります。

つまり、和装市場の価格崩壊は、規模の経済を狙った生産拡大から、中古市場の成立へと繋がっているのです。

規模の経済への盲信が高付加価値文化商品を死に追いやりつつあると言うことです。

では、どうすればいいのか?

適切な市場規模をはかり、適正な価格で高付加価値の商品を送り続ける事です。

この章の著者は誰かは解りませんが、もしかしたら経済学者からの転身か、逆に経済学を学んでいない人かもしれません。お役人やマーケティングの素人が読めば、首肯するかもしれません。しかし、すべての理論がそのまま当てはまらない、それがマーケティングを学び、考える原点なのです。

とくに、高付加価値商品や、文化的商品の場合は効率性より効果性に分析の重点が置かれるべきです。

つまり、量より質ということです。

ここを大きく踏み間違えた結果が現在の状況であると私は思います。

経験効果については、こういう記述があります。

  • 規模の経済性や経験効果が働く事業では『市場シェアの拡大を至上命令とする時期』と『市場シェアの拡大よりも利益を追求する時期』とに分けて事業戦略を考える必要がある。

まさにそういう事です。

伝統染織においては、すでに後者の状況に入っているし、産地という物の存在が経験効果を十分に補っています。一人でぽつんと染織をやっているよりも、産地で情報交換をしながらやっているほうが、効率がいいのに決まっています。

経験効果は産地がもっている財産である、ということです。

その上にいかに効果性、つまり品質と感性を載せて、適正価格のものを適正量売るかということなのです。

5−3 製品ポートフォリオ管理

GWで一週間とばしました。失礼しました。

さて、この製品ポートフォリオ管理ですが、染織作家にお話しするにはかなりかみ砕くというか、曲げてねじり回さないと利用できる概念ではありません。

基本的には、大手製造業で商品が多岐にわたっている企業の戦略とされているからです。

市場成長性とシェアによって、『金のなる木』『問題児』『スター』『負け犬』と分かれ、それぞれによって戦略を変えるということなんですが、1人あるいは数人の織子を抱えているだけの染織工房でこれだけの多角化戦略が必要かといわれたら、手仕事に於いてはほとんど無いというのが直観的判断だと思います。

それはそうなのですが、基本的にこの戦略は製品ライフサイクル論の上に成り立っているというところがミソではないかと思います。

首里織の作家さんを見ていると、大きく二つに分けられます。同じデザインの作品を延々と作り続けている人と、逆に同じデザインの物は二度とつくらないという人です。

どちらがどうということはありませんが、商業ベースで考えた場合、1つのスターに頼るのも、いつもいつも金のなる木で終わらせるのもバランスを欠くと思うのです。

もし、複数の傾向あるいは技法の商品アイテムを作れるとしたら、この製品ポートフォリオを使って、安定的な生産ができると思います。いま、当たっている作品がいつまでも売れ続けるということはありません。消費者は飽きやすいものですし、好みはどんどん急速に変わります。

また、着尺・帯だけでなくて、小物や、洋装、インテリアなど、幅広くチャレンジしてみるのもいいでしょう。仕事を長く続けるためには、次を考えるという事なのです。

私の様な問屋の立場ですと、常にその事を頭に置いています。作家さんの気持の乗り方、熟練度、時代性などを見ながら、つねにポートフォリオ上に載せているんです。

さらに大きい視点でみると、沖縄の染織自体が、着物市場でどの位置にあると思いますか?

ちょっと前まではスターだったのです。

いまは、問題児から負け犬になろうとしています。

沖縄だけではない、すべての伝統染織が負け犬になりかけている、あるいはすでになって撤退を余儀なくされているのです。

その流れの中でどうやって生き抜いていくか。

それも、楽しく仕事をしながら、です。

そして言える事は、負け犬も問題児もなければ、金のなる木もスターもないということです。

多様性があってこそ、市場は成り立つのです。

だからこそ、これからは感性を軸に、技法を遠心力に使って、幅広い作品作りをしていって欲しいと思います。

5−4 製品ポートフォリオ管理がもたらすもの

ここでは、製品ポートフォリオ管理の導入による効果が書かれていますね。

しかし、伝統染織の場合、『負け犬』となったとき、撤退という選択肢はあるでしょうか。

趣味でやるならまだしも、仕事として生活しうる収入を得るのに着物・帯以外のものを造って売るとうのは、かなり厳しいものがあると思います。

ですから、基本的に仕事を続けるかやめるかの二者択一しかないという結論です。

仕事を続けるためにどうすればいいのか?それを考えなければ行けませんね。

製品ポートフォリオ管理というのは、市場の成長率と市場シェアを元に資源の最適配分を図ろうとするものです。

資源というのはつまり資金ですね。

市場成長率と市場シェアを縦横の軸にとるということは、自社が将来占めるであろうマーケットサイズを想定しているということです。

つまり、『需要予測』が考えの基本にあると言うことですね。

撤退が出来ない、そして技術革新が望めないのですから、仕事を続けるためには的確な需要予測をすることが一番大事なのです。

『売り逃げ』という手もありますが、これは後進の道を閉ざすことになり、伝統工芸においてとるべき戦略ではありません。

ブームに乗っているときに、どんどん造って市場に投入し、需要が落ち始めた頃に、撤退する。その事業者は儲かるかも知れませんが、流通に残った在庫は陳腐化し、価格が破壊され、あとに続く人の生産を圧迫します。

沖縄の染織に限った場合、どの位の需要予測が適当でしょうか。その把握のためには沖縄染織が市場でどのような立ち位置にあるかを知らなければなりません。

和装素材である。

高級品である

カジュアルである

(上布や芭蕉布の場合は夏物である)

高級カジュアル着物の市場を大島や結城などと争って取り合いしているわけです。

また、着物市場は年々縮小しています。こんな小さな市場に対して、いまから10年ほど前に大増産をして大量の商品を投入した唯一の産地が沖縄です。

しかし、沖縄だけが特別なわけがありません。沖縄物だけは売れるという言わば神話がまかりとおり、県も、組合も、問屋も造れ造れの大合唱。でも、これはバブルだったのです。完全な需要予測の失敗です。

売れるとうのは、消費者のタンスに入る事を指します。問屋に仕入れされた時点では、まだ流通にあるのです。つまり、自動車がトヨタからトヨタのディーラーに入っただけです。

着物という製品自体がすでに『負け犬』の領域にあるものであり、そのまた小さなカジュアル市場に、大量に資源を投入した。

負け犬商品は撤退するだけが戦略ではありません。

特にニッチ市場では、高度な趣味性をもった消費者を満足させる市場として生き残ることはできるのです。ところがそれをマスで捉えて市場を拡大しようとした。大失敗でした。

では、これからどうすればいいのか。自分たちの市場をきちんと知る事です。市場は成長しないし、小さな和装市場のそのまた小さなカジュアル市場で、さまざまな産地の製品と戦うのです。必要なのは量ではなくて、その他産地の製品に競り勝つ競争力をつけることです。

沖縄の染織家は大島や結城がどんな着物か知っていますか?牛首や白山は?敵を知らずして勝ち目はないのです。

自分たちが勝っている所、劣っている所をきちんと正確に分析して強みをのばさねばなりません。

沖縄の強みとは何か?沖縄の持つ楽園的イメージと伝統技法の豊富さ、そして何より、沖縄の人の持つ独特の美意識だと思います。それを形にする素材もふんだんにあります。

芸術・工芸はすべからく、人間のくらす『風土』から生まれます。みなさんが住んでいる土地の風土を生かすことが最大の競争力となるのです。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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