第1章 市場を作り出す企業活動

『高度な技術を確立すれば、あるいは優れた製品を開発すれば事業は成功する』という思い込みを脱することが、マーケティングを理解し、実践するための第一歩である。

作り手にとっては厳しい言葉かもしれませんが、これが真実です。

世の中には、作品はたいしたことないのに、有名で、作品も高値で取引されている作家がいます。

いうなればこの人たちは、マーケティングで食べているのです。

専門的にみれば、たいした技術でなかったり、品質に問題がある作品でも、その作家にたいしてもたれているイメージが、その作品に載っかっているわけです。

その人たちに対して私は良い感じをもってはいませんが、評価すべきは自分の土俵をきちんともっているという事です。

この土俵が、後に述べられるであろう『戦略ドメイン』です。

自分が得意とする作品のイメージに合わせて自分自身の人間性のイメージを作り上げているのです。

こった作品やいままで無かった技法を使って悦に入っている人を多く見ますが、私はわざと冷淡な態度をとります。

そんなものは売れるための要素にはあまりならないのです。

技術革新の無い伝統工芸の世界で、いかにマーケティング戦略を組み立てるか。

その手法の基本になるのがここに書いてある4Pであり、マーケティング・ミックスです。

1−1 マーケティングの役割

ここに書かれている事例は

NTTドコモが広告・パブリシティ戦略
3.5インチドライブは競争対抗戦略上のニッチ戦略
カップヌードルはライフスタイル戦略

という基本的マーケティング戦略で説明できます。

なぜ、この事例がここで書かれているかというと、この本を書いている学者からみて、戦略が見えているからです。

という事は、戦略を知っていれば、問題点にも気づくし、対応策も組み立てられるという事です。

事例を読むと、なんだ、染織にはあんまり当てはまらないのじゃない?と思うかも知れませんが、それは違います。

染織において、自分の得意技や生存領域ごとに戦略は変わってくるのであり、できるだけ多くの事例を頭にたたき込んでおくことは、絶対に無駄にはならないのです。

著者たちはいろいろ言っていますが、結局マーケティングとは『いかに相手を自分の土俵に引き込むか』なんです。そして、『自分の土俵をどこにどう設定するか』です。

上の三例だけでも、結構参考になりますよ。

染織の世界でいえば、広告・パブリシティのうまいのは志村ふくみさんでしょうね。

ニッチ戦略といえば、琉球染織自体がニッチですが、花倉織をナイチャー独特のセンスで作り続ける伊藤峯子さんなんかは、それでしょう。

ライフスタイル戦略は、西表で自然と共生しながら作品づくりを続け、伝統衣装のスディナを提案する石垣昭子さんにはそういう感じを持ちます。

自分の身近にいる作家さんがどんなパターンに当てはまるのかを考えてみることも非常に勉強になります。その中で、自分はどの道を選ぶのか。

そのためには、まず自分を知ることと、自分を持つことでしょう。

マーケット・インとは市場に迎合することではありません。

市場を作り上げることです。

そのためには、大きな力が必要です。

小手先の戦略では、『マーケティング・マイオピア』に陥ってしまいます。

1−2マーケティング・マネジメントの基本的枠組み

ここではマーケティングの基本的概念について書いてありますね。

マーケティングとは企業が顧客のとの関係の創造と維持を、さまざまな企業活動を通じて実現していくこと。

と書かれています。

そしてマーケティング・ミックスとはProduct(製品)、Price(価格)、Place(

流通)、Promotion(販売促進活動)の4つのPを交えて構成される戦略であること。

マーケティング・マネジメントとは、

内的に整合性がとれていると共に、外部環境とも整合的なマーケティング・ミックスを実現するためのマネジメント・ミックスを策定するとうのが、その基本的枠組みである。

ここで4Pについて事例が書かれていますが、これがマーケティングに対する誤解を招く原因かもしれませんね。

著者は、誰もが知っている会社の一般に知られている成功例を挙げて、理解しやすくしているだけのことだと理解すべきで、マーケティングが大企業による大量生産商品のみを対象としている、というのは大いなる誤解です。

マーケティング戦略は、規模の大小を問わず、また扱う品物の如何を問わず、普遍的に通用する考え方だと想います。

では、既存の染織品について4Pを元に分析してみましょう。

ここでは久米島紬を例に挙げます。

<久米島紬のProduct>

  • 日本の紬の源流と言われる織物である。
  • 重要無形文化財に指定されている。
  • 久米島で採れる植物染料で染められれている。
  • 泥染めは特に有名で大変な手間を掛けて制作されている。
  • 手織りである。
  • 久米島の特産品である。
  • 沖縄県の中では生産量の多い産地である。
  • 御絵図帳をもとに作られた貢納布が存在した。
  • 品質にはばらつきがある。
  • デザインや品質は作り手に任されている
  • 製品の半分は泥染め(黒)である。

<久米島紬のPrice>

  • かかる手間と比較すると産地出し価格は安い。
  • 製品の優劣と価格が正比例していない。(良い製品が高いとは限らず、粗悪品が安いとは限らない)

<久米島紬のPlace(流通)>

  • 大部分が組合を通って流通している。
  • 組合からさらに、地元の問屋や内地の問屋を通り、小売店にわたるという経路を取る。
  • 小売店はほとんどが委託販売を行っている。
  • 通常、店頭に並んでいる事は少なく、織物の特集や、沖縄物の特集として出品される。
  • 地元における需要はほとんど見込めない。

<久米島紬のPromotion(販売促進)>

  • ゆいまーる館で、見学者を受け入れている。
  • 展示会の時に、産地から実演や販売応援にでる。
  • 販売促進のほとんどは流通業者が行っている。
  • 地元での販促は組合にゆだねられていて、作り手の自由にならない。

こうやってみていくと、Productは充実していて、Priceも競争力があるのに、PlaceとPromotionが極端に弱いことが解ります。

着物の場合、このPlaceとPromotionを請け負っているのは流通業者なわけで、大手製造業とは根本的に違う部分です。

問題はどこにあるのかというと、この流通業者は、沖縄を専門にしているわけでも、沖縄に特別に精通しているわけでもない場合が多いという事です。

少し前までは実名をあげて恐縮ですが『染と織 琉藍』という会社が沖縄の専門問屋として流通と販売促進を担当していました。

琉藍さんによって、流通量は拡大し、それに伴って生産量も拡大しました。それは大手問屋との取引、NHKなどのマスメディアや写真集の発行などでの、強力なプロモーションが仕掛けられたことで、久米島紬をはじめとする沖縄染織は隆盛を見たのです。

その反面、肝心のProductはどうなったでしょうか。

琉藍さんがかつての勢いを無くして、二つのPが弱くなり、重要無形文化財指定による値上げでPriceも競争力を低下させました。

ここ10年ほどの沖縄染織の動きを見ていくと、琉藍さんによるPlaceとPromotionの圧倒的な力で、市場に押し込んできたと考えるべきなのです。

そこは真摯に反省しなければなりません。

伝統工芸においは新しいProductや技術革新は望むべくもありません。

そんな世界で、強烈で突出した流通拡大と販売促進戦略をとればどうなるか。

後で学びますが、マーケティングには『製品ポートフォリオ分析』という手法があります。教科書では160ページから書かれています。

市場の成長率を縦軸に、市場シェアを横軸にとり製品を金のなる木、スター、負け犬、問題児に分類するのです。

大手製造業の場合は、このポートフォリオ上での製品の位置を確認して、新しい製品を生み出していき、経営の安定化を図るのですが、伝統工芸の場合はそうは行きません。

この市場成長率が低い市場で、市場シェアも低く技術革新も望めない製品群のものを市場に大量に詰め込めばどうなるか、それは明らかだったのです。

ですから大切な事は4つのPを統合的に考えることなのです。

どれか一つが突出したり、製品にあっていなかったりすれば、帰って商品のライフサイクルを短くしてしまいます。

久米島紬などの伝統染織の場合、4Pのうち基軸になるのはProductであるはずです。惜しむらくは琉藍さんの制作はあまりにもPlaceとPromotionが突出していたし、久米島紬の特性には合っていなかったのではないかと想います。

製品や企業の特性によってどのPを戦略の柱にするのかは違ってきます。

しかしそのPがほかの3つのPを制御するのではない、ということです。

あくまで、どれが牽引するかです。

伝統工芸の場合、他に変わり得る製品がないわけですから、あくまでProductを中心として、その競争力を高めていくことが必要なわけです。

それを誤ると、伝統工芸そのものを破壊してしまいます。

洋酒などは、かつてのサントリーが巧みなCM戦略で新たなライフスタイルを提案し、需要を伸ばしてきました。昔は、ダルマと言われたサントリーオールドやリザーブが主流で最高級と言えば、ローヤルだったわけです。為替の関係で輸入ウイスキーが安く手に入るようになって、品質を挙げないと価格とイメージ戦略だけでは、立ちゆかなくなった。それで作り出したのが山崎であったのだろうと想います。

市場の状態、作り手の状態、等々によって、マーケティング・ミックスは変わってきます。それは、さらにもっと大きな戦略と結びついていくのです。

1−3 マーケティング・マネジメントの機能

<なぜ4つのPなのか>

  • 4Pとは、現象を深く考察したり、企業活動の戦略的な展開を検討したりする際に、この分析的な思考を導くための枠組みなのである。

まぁ、そういう事ですね。

まずは4つのPという座標軸、基準で物事を分析してみると言うことです。

モノを買う側に立てばわかるでしょう。ここでも4つのCという話が書かれていますが、逆に消費者の立場に立てばわかりやすいと想います。

カレールーを選ぶときにどうえらぶか。

辛口か甘口か、値段が高いか安いか、その店にしか売ってないか、どこでも売ってるか、有名かそうでないか。

いろんな分析を瞬時に巡らせて女性は買い物をしているはずです。それは意識していないだけで、明確に基準があるはずなのです。

消費者の立場から、反対側に立って、見た場合どんな基準で考えるべきかを示したのがこの4Pというわけですね。

つまり、

  • 4Pを用いることによって、マーケティングに関わる問題の認識と実践が、より的確に行われるようになる。
  • バランスのとれた包括的な理解と対応が可能になる

=ひとつの要因ではなく、4つのカテゴリーに帰属する多様な要因の分析を通じて顧客との対応を考え抜くことができる。

  • マーケティングに関わるさまざまな手法や活動が統合的に認識され、実践されるようになる。

=4Pという視点を与えられることで、製品、価格、流通、プロモーションに関わる手法や活動は個別に計画・実行され、ばらばらに評価されるものではなく、顧客との関係の創造と維持という共通の目的のもとで、総合の整合性に注意しながら計画し、実行し、評価されるようになるのである。

ということです。

先週述べたことですね。

あくまでも4つのPは統合的に用いられてこそ意味があるのです。

そして、この教科書の中では

マネジメントの基本は仕事の分担や連絡、調整の枠組みを整え、組織的な活動を円滑に推進するための仕組みを作ることにある。

という観点からマーケティングを統合するための要素として

『マーケティング・ミックスの内的一貫性』

=4Pの個々の要素が相互に均整のとれたものとなっている

『マーケティング・ミックスの外的一貫性』

=4Pの組み合わせと企業の直面しているマーケティング環境とが相互に整合したものになってる

の両方が必要だと書かれています。

すなわち、ミックスジュースがどんな味で、値段がいくらで、どこで売っていて、有名かどうかだけじゃなくて、喉が渇いているかとか、天気がよいかとか、健康ブームだとか、ありとあらゆる内外の事象を総合的に捉えて分析する、ザッといえばそういう事です。

<マーケティング・ミックスの内的一貫性>

  • マーケティング・ミックスについては、それぞれの手法や活動の最適化を個別に追求しようとするだけでなく、それぞれが組み合わさったときに、その特性が相互に補完しあう関係を形成するようにしなければならない。

ということです。

いわゆるシナジー効果を生むように組み立てなければならないということですね。

ひとつのPが突出していたり、不適当だったりすると、それが原因で他のPにも悪影響を及ぼし、マーケティング戦略は不備に終わります。

それをいかに組み合わせるかがマーケターの力です。

そして適切なマーケティング・ミックスを行うには、そのマーケターのモノの考え方・人生観・職業観というのが如実に反映してきます。

とくに伝統工芸においては、その部分が担うところが大きいだろうと想いますね。

<マーケティング環境の把握と外的一貫性の確立>

  • マーケティング環境との整合性を判断するには『消費』『競争』『取引』『組織』の4つの問題への対応を検討していく事が必要である。
  • 顧客となる消費者、あるいは企業にとって魅力があり彼らの購買を促すものでなくてはならない
  • 他社との競争の中で自社に優位性をもたらすものでなければならない
  • 企業が実行可能なものでなければならない。それを支えるのが『取引』と『組織』である
  • 策定したマーケティング・ミックスと、研究開発、生産、物流、人材開発、資金調達などにかかわる自社の経営資源や能力との関係が問われる。
  • はわかりやすいですね。消費者にとってよい製品を作って提供するということです。
  • は、簡単に言えば『儲かるのかどうか』ということです。

関東方面のマーケティング学者の中には金を追求する議論を『儲けティング』と見下している人もいましたが、アホですね。

何の為にマーケティング戦略を練るかと言えば『負け戦をしないため』です。

負け戦は資源と労力の無駄遣いです。

儲けたお金を新たな企業活動や、従事者や、社会に還元するのです。

マーケティングというのはそのためにあるのであって、机の上で統計したり、学説を学んだりするのは下準備にすぎません。

このブログを読んでくださる作家さんたちは、プレーヤーです。プレーヤーはのるかそるか、勝つか負けるかのどちらかです。

戦場で兵法書をめくっても仕方がないのです。勝てる相手と勝負する。やるからには絶対に勝つ。そのためにあらゆる側面から分析する。

それが実践のマーケティングです。

話は飛びましたが(^_^;)、③、④はその事を言っていますね。

競争関係や社会情勢、自分たちの力を総合的に考えるという事です。

そのためには、クロスディシプリナリーなアプローチが必要なのです。

そして、力強く確信に満ちたマーケティング戦略を策定するためには、できるだけ広範囲に勉強すること、広範囲の友達(情報源)を持つこと、そして一番大切なのは自己を確立して自分をよく知ることです。

自分の長所短所を客観的に知らなければ、自分の作品のマーケティング戦略を描くことなど出来ません。

そして他の産地や作家の作品をよく知ること。

さらに、染織の全体像を通して自分の作品を見ることです。

それも客観的でなければなりません。

南風原の絣なら、それが沖縄の産地でどんな位置づけなのか。

もっとも大量に作られていて、かつ低価格です。

では、絣という切り口から日本全体の市場を見てみます。

久留米、倉吉、弓浜、備後、伊予、越後物、米沢、いろんな絣があります。

紬織としてはどうですか。

結城、石下、塩澤、白山、伊那、上田、などなどあります。

そういった全体像の中で捉えなければならないのです。

そして、南風原の絣が、どんな消費者をターゲットに物作りをしていくのかを考えるのです。

宮古上布は非常に高価な盛夏用の麻織物です。

という事は、富裕層、あるいは熱狂的ファンを対象としているはずですね。

そして、忘れてはいけないのは、紬や絣というのは基本的にカジュアルで、自分で着物が着られる人でないと対象にならないという事です。

これが同じ高級でもフォーマル着物と全く違うところです。

着物と言っても、カジュアルとフォーマルでは別物だと考えても良いほどです。

いくらお金があっても、自分で着られない人は宮古上布や絣は買わないのです。

細かい分析は後回しにしますが、自分自身と作品の特性、そして市場を徹底的に分析して、消費者に満足してもらう。そして、リピートを誘うしかこの小さな市場で安定した制作を続けることはできないのです。

1−4 マーケティング・マネジメントのプロセス

[ステップ1]マーケティング目標の確認

目標は市場シェアか、利益か、それともブランド認知の向上か?

[ステップ2]ターゲット、ポジショニング、コンセプトの設定

マーケティング目標の達成を見込めそうなターゲット、ポジショニング、コンセプトを明確化する。

[ステップ3]マーケティング・ミックスの策定

設定したターゲット、ポジショニング、コンセプトに沿って、マーケティング・ミックスを策定していく。

[ステップ4]消費対応、競争対応、取引対応、組織対応の検討

策定したマーケティング・ミックスについて、消費対応、競争対応、取引対応、組織対応を検討する。

問題があればステップ2に戻り、ターゲット、ポジショニング、コンセプトを再検討する。

[ステップ5]実行と再点検

策定したマーケティング・ミックスを実行し、その結果を再点検し、マーケティング・ミックスを修整する。

以上が、マーケティング・マネジメントのプロセスとされていますね。

ここで、少し説明が必要なのは②のターゲット、ポジショニング、コンセプトの設定でしょうか。

ターゲット=誰に売るのか

ポジショニング=どんな分類の商品にするのか

コンセプト=どういう説明をして売るのか

わかりやすく言えば、こういうことです。

この三つは『商品差別化』や『市場細分化』という事と大きく関わってきます。

現代のマーケティングは、ここが起点になっているといってもいいのではないかと想います。

私が学生時代に『分衆の時代』とか『小衆の時代』とか言われました。

日本全体、世界全体を大きく見て行っていたマーケティングをマス・マーケティングと言います。

しかし、それが『個性化』という変化で通用しなくなってきた。

なぜそうなったかといえば、市場が『飽和』したからです。

お腹がいっぱいなのです。

お腹いっぱいのとき、もうひと品。

そのとき、勧めるのは甘い物=デザートですよね。

デザートはどんなにして出てきますかね?

ケーキが一杯はいったワゴンがドーンときたり、お盆に数種類押ししそうに並べられていると、ついつい手が伸びてしまうものです。

男性なら、コニャックなど、強めの酒を飲むかも知れません。

それはフリーで選べますよね。

そういう事なのです。

チョコなのか、生クリームなのか、フルーツなのか。

それとも、コニャックなのか、リキュールなのか。

お腹いっぱいのひとには、好みに合わせてもうひと品、もうひと品と押し込もうという事です。

着物でいえば、紬類を買う人は、たいていはタンスに数枚の着物はすでに持っています。

タンスに入りきらない人も少なくない。

でも、着物を持たない人に売るのは至難の業です。

着物を着る人=すでに相当数持っている人、に買ってもらうにはどうすればいいのか、と言うことです。

度々引き合いに出して申し訳ありませんが、久米島紬の場合、沖縄の着物が好きという人はすでに持っているでしょう。たいていは泥染めです。

でも、泥染めの久米島を二反三反と欲しいかと言われれば、そんな人はごくごく少数でしょう。まぁ、二反も持てばお腹はギンギンという所です。

そんな人に、久米島紬をもう一反買ってもらおうと想ったらどうしたらいいですか。

色を変える、絣を変える、と考えるでしょう。

また、いままで久米島の泥染めが嫌いで買わなかった人に買ってもらうという手があるでしょう。

もう一反、また、買わなかった人に一反、勧めるためには、それぞれターゲットの選定を変えなければいけません。

もう一反という人には、泥染めのどこがよくて買ったのか、それを分析して品物づくりをせねばなりませんし、まだ買っていない人には、なぜ今まで買わなかったのか、泥染めのどこが嫌いなのかを考えて、嫌いな所を変えなければなりませんよね。

そこで役立つ概念がポジショニングとコンセプトです。

ポジショニングというのは、着物全体や紬市場で久米島紬がどんな位置づけであるかという事です。このときに必要なのが『市場細分化』です。久米島紬で動かせないのは、久米島で作られている事、紬糸を使っていること、天然染料を使っていること、手織りであることです。あとは動かせるわけです。

たとえば、縦軸に価格、横軸に対象年代を取るとします。

現在の久米島紬は、紬市場においては価格的には中の上に位置するのでしょうか。年代は50歳台から上ですね。ということは、ターゲットは年配の中流階級以上の女性ということになりますね。

ここで、ポジショニングを変えてみます。価格を高価格に、年代をもっと若年層に設定したとします。(現実に通用するかどうかは別の話です)明度の高い地色、色絣の多用、諸紬の使用などで今までと違った久米島紬を作る事が可能です。そうすればターゲットは、若年層あるいは、派手な物を好む上流階級の女性という風に変わります。この場合、コンセプトは、例えば、『復元された御絵図帳の久米島紬』でもいいでしょう。

このターゲット、ポジショニング、コンセプトの設定を消費、競争、取引、組織の各対応という現実とすりあわせて何度も行っていく、これがマーケティング・マネジメントです。

伝統染織の場合は、動かせる物と動かせない物をきちんと見定める。動かせないと言うことは強みであると理解すべきです。その環境の中で、動かせる物を多次元に設定して、どんな品物を作るのかを考えるわけです。

前提は、『市場はすでに飽和している』という事です。

その飽和している所に真っ向勝負で殴り込みをかけるのか、飽和市場の隙間を狙って、針の穴を通すような消費者のwantsを読み取って新たな需要を喚起していくのか。商品内容や、作り手の得意技、あるいは性格によってもまちまちです。

しかし、なんとなく思いつきでやるのは、お金と労力と資源の無駄遣いです。

このマーケティング・マネジメントに必要な分析をするには、できるだけ多くの価値判断の軸を持つ事が必要です。伝統の力だけでなく、現在の景気動向や市場動向、ファッションの流行廃りなど、多方面での知識と見識を持っていなければなりません。

たとえるなら落語のようなもんです。

今は立って漫談のような落語もあるようですが、落語は座ったままでやるから面白いのだと想います。制約があるから面白い。制約を利点と考えて、動かせる部分で最大限の創意工夫をするのです。

まずは、作品を作るときに、誰を対象としているのかを明確にしてください。

身近にいるおばあちゃんでもいいし、お母さんでもいい。

その人に、着てもらうことを前提に構想を練ってみてください。

私のような商売人の立場なら、電車の中で向いの席に座った女性にどんな着物をすすめるかを常に考えて訓練します。

その人の肌の色、服装の趣味、雰囲気などを総合的に考えて、勧める着物を決めてみるのです。

同じ事を作る人もやってみてください。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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