『基本を押さえて理屈で割り出す』2016/3/18

なんの話かといえば、着物のTPOやコーディネートの話です。

着物を着るとき、どんなのを着れば良いか、どんなコーディネートをすれば良いか、たくさん相談を頂きます。

カジュアルならカジュアルで、何でも良いみたいですが、そうでもなかったりする。

じゃ、私があらゆる場面に於いてパターンを知っているかと言えばそうではありません。

どうやって割り出すかというと、『基本を押さえて理屈で割り出す』んです。

着物をざっと分類すると以下の様になります。

喪服

黒留袖

振袖

色留袖

訪問着

付下

色無地

小紋

紬など先染物

一般的に知られた決まり事があるのですが、ところがどっこい、着るときの状況が昔とは変わっているわけです。

だから、とってもややこしい。

結婚式とか結婚式のおよばれ、と言っても、私が結婚した時代と今とはまるで様相が変わっています。

だのに、着物だけが、昔のまま、なんてことはないんです。

『いや、これは大昔から決まってる事だから』とおっしゃる方がいらっしゃるかも知れませんが、実は、本に書いてあるきまりごとも、そんなに昔からあるものではないんです。

たいていは戦後に定着したもので、明治初期や江戸時代からあるものではありません。

すべては、時代の移り変わりとともに姿を変えてきたんです。

それは冠婚葬祭に対する考え方や、物量の変化が影響していると想います。

また、地方によっても様々ちがいます。

ですから、何時の時代にも、日本全国これが絶対ということは全くないんです。

お葬式も、地方によって、地域によって、また宗教によって、宗派によって様々ですよね。

それと全く同じ事です。

前に、芭蕉布に染めた江戸小紋が見つかったという記事を紹介したことがあったと想いますが、上に書いてある様な絹物だけでなく、麻やその他の繊維の物も、礼装として使用されていたと想われます。

そもそも、厳然とした身分制度もあって、職業によって服装も違いました。こないだの稽古で宗匠がおっしゃっておられましたが、一見すればその人の身分が解るくらい明確なものだったということです。

それが、今の時代になって、だれしもこのルールに従わねばならないという、憲法的な物として着物のしきたりも扱われているようなきらいがあります。

しかし、絶対にこれでないといけないと言うことはありませんし、これが絶対ということもありません。

では、どうやって割り出すのか、です。

まず、冠婚葬祭なら、その地域で『常識』となっている事を、その地域の年長者から教えてもらう事です。

親でももちろん良いですし、嫁ぎ先なら舅姑、親戚などなど。

まず、それを押さえることです。

この場合には、留袖を着るのか、訪問着なのか、色無地なのか。

紋は・・・

『その地域の常識』というのが基本になります。

あまり華美にしてはいけないとか、嫁はこう、隠居はこう、などと有るところにはあります。

無視して、『私はこうよ』というのも今はアリですが、私としてはあくまで自己責任でとしか申し上げようがありません。

私が少し知っているお茶の世界とか能楽の世界にもいろいろあるようです。

お茶の場合は、とにかく、師匠に相談することですね。

先生によって考え方が違うので、こればっかりは聞いてもらうしかありません。

その先生の世界が『基本』となります。

『基本』として、着物を着るということは、自分がその社会においてどういう位置づけにあるかを認識しておかないと行けませんので、勝手な判断はしないほうが無難です。

本に書いてあったとか、だれか有名な人が言ってたとか、そういうのは危険です。

それで通用する場合もありますが、通用しない地域、社会もあることを知って置いてください。

今はもうあまり聞かなくなりましたが、お嫁にもって行く着物の紋をどうするか、どうしたかによって、県外の人と結婚した場合に両家でいさかいになるということが、しょっちゅうあったんです。

『これはこうです』としたり顔で全国共通みたいな事を言うのは、知らない証拠と想って置いてください。

難しいのは、今、儀式事の厳格さが失われて、簡素化、カジュアル化していることです。

結婚披露宴に招かれたら何を着るか。

それを考えてみましょう。

一番大事なのは、新郎、新婦と自分との間柄、距離です。

若い既婚女性の場合、近親者であっても色留袖を着る地域もあります。

では、仲人も立たない、今流行のレストラン・ウェディングで二次会みたいな結婚披露宴だとどうでしょうか。

解りにくい場合は、男性のドレスコードに置き換えてみるとわかりやすいです。

きちんとした結婚式で、常識有る紳士であれば、黒の略礼服以上を着ます。

しかし、くだけた会であれば、ダークスーツ以下の男性が大多数を占めるという事もあるでしょう。

そんな場所にはどんな着物がふさわしいでしょうか。

着物のTPOはカジュアルかすればするほど難しくなります。

なぜかというと、そういう状況が想定されていないからです。

着物のしきたりが時代に着いていっておらず、硬直化していると言うことです。

しかし、それもだんだんと変わってくるでしょうし、変わって良いのだと私は思っています。

だから迷うのです。

迷ったときは、この『基本』です。

『周囲からみて、突出した格好をしない』

『まわりの雰囲気に合わせる』

華美すぎても、貧弱すぎてもいけません。

ここが、着る人の腕の見せどころです。

なぜかといえば、その人の『常識』が見透かされるからです。

多くの場合、一歩引いて、おくゆかしい装いにするのが正解です。

そういう『心』が見えたとき、私達は『さすが!』とうなるのです。

着物の善し悪しでは無いのです。

パーティーならいざしらず、冠婚葬祭はファッションショーではありません。

自分の個性を発露する場でもない。

それは洋服であっても同じ事です。

着物が日本の文化と言われるのは、『日本人の心映え』そのものを表現しているからなんです。

いくら良いキモノを着ていても、『日本人らしい心』が感じられなければ、なんとなくむなしい感じがします。

『理屈で割り出す』ためには、今の儀式事が洋風化し、西洋の常識に浸食されてしまっているので、洋服に変換してみると良いのです。

あとは、遠近、上下、優劣などなど、主役や同席者などとの関係を考えて、割り出していくんです。

例えば、誰かのお祝いのパーティーで主役がスーツを着ているのに、招待された人間がタキシードを着て花束を渡しているというのは、変です。

これを主客転倒といいます。

誰がどんな格好をしてくるかなんて予想できない・・・

そう想われるのであれば、失礼にならない最低限の礼装で出かけることです。

着物の選びかたひとつで、その人の生きる姿勢や社会性がみてとれるものです。

そんな事言ってるから、着物は売れなくなるんだ、そうおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。

でも、少なくとも良識有る呉服商は、むちゃくちゃな着方をヨシとしてまで着物を売りたくないと想っているはずです。

だから、それぞれみんなTPOに関しては必死で出来る限りの知識を駆使して、お客様の為に適切な着物を割り出そうとするんです。

いまは、その割り出しがとても難しい時代です。

ですから、プロに相談する場合は、誰のどんな集まりで、自分はその主役とどんな関係かをキチンとお話なさると良いと思います。

冠婚葬祭に地方色が薄れていくこと自体も文化の破壊です。

その事を無視して、ひとつの常識に括りあげようとすることも歴史や文化に対する冒涜だと私は思っています。

大阪でも、せまい河内でも、昔から行われていた行事やしきたりが解らなくなってきています。

着物の事から、みなさんの生まれ育った、あるいは嫁いで来た土地の、歴史や文化にふれてみてはいかがでしょうか。

一番大事なことは、『わきまえ』であり『分別』です。

それが大原則であり基本中の基本であることを少し頭に入れておかれたら良いと思います。

長くなりましたので、コーディネートの話はまた別の機会に。

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この記事を書いた人

萬代商事株式会社 代表取締役
もずや民藝館館長
文化経営研究所主宰
芭蕉庵主宰 
茶人

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